キャスリーン・マルチネスの学歴と経歴について!父母と生い立ちも解説!

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エジプト最後の女王クレオパトラ。エジプトの長い歴史の中で

今でも謎が多いのがクレオパトラです。

クレオパトラは、コブラを使って自殺したと言うのは有名ですよね。

コブラはイチジクを入れた籠に隠されてクレオパトラの所に密かに

持ち込まれたと言われているそうです。

クレオパトラは、2000年前に恋人のマルクス・アントニウの

隣に埋葬されたとされているのですが。

ドミニカ共和国の刑事弁護士、キャスリーン・マルチネスさん

エジプトの考古学チームはエジプト・アレクサンドリア西部の

神殿タップ・オシリス・マグナで、クレオパトラの墓があると

思われる場所の発掘を開始します。

今回ご紹介の方はドミニカ共和国の刑事弁護士

キャスリーン・マルティネスさんです。

キャスリーン・マルティネスさんの学歴や経歴について

父母と生い立ちなども一緒にご紹介して行きたいと

思います。

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学歴と経歴について!

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キャスリーン・マルティネスさんは、

5歳で幼稚園初めての登園日、画用紙とクレヨンを

渡されると直ぐ手を挙げて先生に「お家で描いていいですか?

先生に教えてもらうことはないと思うから」。と言ったそうです。

翌日キャスリーンは小学校1学年に推薦される事になるのです。

その後も手を上げては質問する事が多くマルチネスさんは

飛び級で進級し18歳で法律学校を卒業されたそうです。

ドミニカでは法律学校の学生は卒業前に実際の事件に取り組む

事が必須としてあったそうで、

マルティネスさんはベテラン弁護士たちが引き受けるのを

避けていた事件で勝訴します。

その後20年間、弁護士として働き、顧客との信頼関係を築き、

自分の事務所を持つ事になります。

5年間、スペインのマドリードで暮らしドミニカに戻ると、

また事務所を再開するのでした。

と同時にマルチネスさんは弁護士の仕事を続けながら

空いた時間をクレオパトラの調査に費やします。

インターネットがあまり普及していないカリブ海の小さ

な国では大変な仕事だった様でローマ人の書物なら何でも

読みその結果、「歴史書は勝者によって書かれる」との

自明の理を悟ったそうです。

マルチネスさんはクレオパトラに関する本なら何でも

読んだそうです。

そして若く母親でもある女王についての理解を深めて行くのです。

その結果、クレオパトラの戦略や思考過程が判るようになった

のでした。

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父母と生い立ちも解説!

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マルチネスさんはドミニカ共和国のサント・ドミンゴで

父は弁護士。母はフランス系英国人で溺愛されながら育ちます。

幼い頃、自宅には本が沢山あったそうで自宅の書斎で開かれる

父と仲間の弁護士らとの勉強会に父と一緒に参加し、議論の様子

を見ていたりしたのです。

学問への興味はかなり早い時期からあった様で何度もチェスの

チャンピオンになったり、柔道、空手、ピアノにも打込みます。

水泳などでも素晴らしい成績を収めるのでした。
しかし、マルチネスさんの心はいつも何かを求めていた様です。

1990年、父の書斎で「何か読む本を」と物色していると

「シェイクスピア」と「クレオパトラ」を見つけるのです。

その時父は「クレイパトラは単なる政治謀略家で歴史的には

注目するに当たらない」と発するのでした。

マルチネスさんは、自分でその答えを探そうと誓うのです。

エジプト考古最高評議会事務局長のザヒ・ハワス博士と

ドミニカ共和国のエジプト学者、キャスリーン・マルチネスさん

調査隊は、紀元前約300年にエジプト神イシスに捧げられたとされる

神殿で、3年前から調査を続けてこられ、アレクサンドリアから

西に50キロのこの地では、古くは19世紀にナポレオン遠征隊が

発掘作業を行っておりマルチネスさんは、これまでに発見された

男性頭部の彫像、あごが割れているマスクの破片、コインなどから、

アントニウスはこの神殿に埋葬されていると確信しクレオパトラの

遺体もその付近にあるはずと信じているのです。

「クレオパトラとアントニウスが一緒に埋葬されたことは

帝政ローマの伝記作家、プルタルコスの著作にも記されています」

とマルチネスさんは話されています。

マルチネスさんの説は、最初専門家から陰口を受けたそうで

発掘許可を得るまでに6年を要したのでした。

現在では、エジプト考古学の最高権威であるハワス博士でさえも

マルチネスさんの説を熱烈に支持しており2人の墓が発見されると

同国では英国人の考古学者ハワード・カーターが1922年に

ツタンカーメンの墓を発見して以来の大きな発見となるそうです。

宝物も一緒に埋葬されたと言うクレオパトラの墓が、

どうして今まで見つかっていないのかについて、

マルチネスさんは、自分なりの理由を整理し始めたそうです。

その結果、これまでの歴史学者たちは重要な点を見逃している

と考える様になります。

長いエジプトの歴史これまでのレーダー調査で、地中に墓所と

2つの大きな部屋と通路がある事が分かっているそうです。

マルチネスさん調査隊は現在、クレオパトラの墓に通じる

通路の入口を探しているそうなのですが

現在でも謎のベールに包まれているクレオパトラ。

新たな発見が見つかると又歴史が変わるのでは

ないでしょうか?とても楽しみです。

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