八代亜紀の夫と子供をリサーチ!実家や昔の若い頃も調べてみました!

ひとりごと
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こんにちは。今夜「爆笑!いいね動画シアター」と言う番組で米村でんじろう先生、

渡辺直美さん、八代亜紀さんetc・・などが出演されるのですが、面白そうな番組ですよ。

八代亜紀さんと言えば熊本。

以前八代亜紀がダイエットに挑戦された記事を書いたのですが同じ熊本と言うこ事で

今回も八代亜紀さんの夫や子供をリサーチしてみました。

八代亜紀さんの実家や昔の若い頃なども調べてみました。

では、八代亜紀さんのご紹介です。

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夫と子供をリサーチ

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八代亜紀さんの夫は八代さんの元マネージャーの増田登さんです。

皆さんも御存知だと思います。

増田登さんの現在の職業は、芸能事務所の社長でもあり陶芸家でもあられます。

自宅に陶芸教室も開かれているそうです。

備前焼きに魅せられて岡山県備前市には、八代亜紀さん、増田登さんご夫婦の登り

窯があるそうで「八代窯」と言うそうなです。

八代亜紀さんも歌手だけでなく画家としての才能をお持ちなんですが

増田さんも陶芸家としての才能を持ちですばらしいですね。

お二人に子供は居ないようです。

しかし八代亜紀さんに以前「地元熊本での隠し子」と言う噂がありました。

八代さんは、1971年にデビューします。

その後、「なみだ恋」や「愛の終着駅」「舟唄」と次々にヒット曲が出始めスターの

座に上り詰めたのです。

その頃に「八代さんには、上京する前、熊本県八代市のクラブで歌っていた時に、

地元の人間との間にできた隠し子がいた」と言う信じられない話があったそうなんです。

ある記者の方が裏取りのために八代市に取材に向ったそうです。

八代さんは熊本県の中学を卒業後に上京されます。

デビューする前は、銀座のクラブ歌手でした。

その頃、五木ひろしさんも、銀座のクラブで弾き語りをしていたそうです。

そこで、八代さんが歌っていた。と言う、お店の外観写真を撮っていると、

いきなり怖い数人の男性に囲まれ、ある事務所に連れて行かれた事があった

そうです。

男性全員が見事な物が身体中に入っていたそうです。

まるで東映映画を見ているようで、事は深刻だったそうです。

「八代さんの隠し子がいるかどうか取材に来た」と話したら、

3人の怖い男性に囲まれて、廃墟となった工場に連れて行かれたそうなんです。

怖がる記者の方に男性の一人は「廃工場では他組織からの攻撃に備えて

組員が特訓している」。と説明をしたそうです。

完全な威圧行為だったらしいのですが、そこでは何もなかった様です。

その後、車は一路、水俣市に向かいます。

車中では両サイドから危ない物を突きつけられて生きた心地がしなかったそうです。

しかし、記者の方が知人のある怖い幹部の名前を挙げると態度は急変。

水俣に着くと、クラブに連れて行かれ、なぜか御馳走になったのです。

正直、とっとと、退散したかったそうですがが、解放されたのは朝方の5時頃。

その後は、緊張で宿では眠れず、早く東京に戻ろうとしたのですが、

強風で東京便は欠航。

とりあえず、逃げるように大阪便に乗り、ホッとした出来事があったそうです。

結局、隠し子は確認できなかったというより、確認しようがなかったらしく、

別ルートの情報があったのでした。

八代さんのの親類には、複数の怖い関係者がいたという事実は掴めたそうです。

実家は?

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熊本を離れて暮らす八代亜紀さんですが、実家はまだ八代市(やつしろし)にあるそうです。

親類が家の管理してくれているので、熊本に帰ってきたときは仲間で宴会をするそうです。

全国を飛び回って仕事をしていると、「ふるさとがあるっていいな」って思うそうなんです。

熊本に帰ってくると、風の違いを感じるそうで熊本行きの飛行機に乗っただけで空気が違うような気がそるんだとか・・。

熊本に帰るんだって嬉しくなると語られています。

子どものころの思い出は「幼稚園のころ球磨川(くまがわ)に遠足に行ったそうで、

お水が凄くきれいで、川をさかのぼって鉄橋の下でお弁当を広げて、お母さんが作って

くれたお弁当の包み紙を、みんなは捨てているのに、八代亜紀さんはお母さんの愛情が

その包みにも感じられて捨てられなかったそうです。

また「八代海の水島(みずしま)と言う所に潮干狩りによく行かれた事があり

干潟に穴が開いてて、そこに塩を振り入れると貝がピュッて顔を出して、

そこをパッとつかんで採ったそうで、仲間の方との懐かしい話は尽きないそうです。

八代亜紀さんの記憶には、八代の美しい自然と優しい両親の思い出が

たくさん詰まっているのです。

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昔の若い頃

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八代亜紀さんの若い頃は、九州産交のバスガイドをされていました。

その後、八代さんは上京する前、熊本県八代市クラブで歌っていて上京しデビューする前は、銀座のクラブ歌手でした。

昭和25年熊本県八代市生まれ。

昭和46年に「愛は死んでも」でデビューします。

昭和48年2月「なみだ恋」がヒットし、同年、日本レコード大賞歌唱賞、

日本有線大賞優秀賞などを受賞。

NHK紅白歌合戦にも出場されその後、「舟唄」「雨の慕情」などのヒット曲を歌い、

平成16年7月には熊本を舞台にした「不知火酒(しらぬいざけ)」を発表されます。

幼いころから絵を描くのが好きだった八代亜紀さん。

絵画でフランス芸術家協会が主催する「ル・サロン展」に5年連続で入選され「ル・サロン

永久会員」に推挙されます。

今後のご活躍も楽しみにしています。

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