加村一馬(洞窟おじさん)の今現在!その後が気になります!家族もチェック!

ひとりごと
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こんにちは。「洞窟おじさん」ってご存知ですか?

何度かTVドラマにもなったそうなんですが・・・。

愛犬シロと13歳で家出をし、足尾銅山で蛇やカエルを食べ生きる生活を選んで・・

以来43年間・新潟・福島・山梨・茨城を転々としながら人里離れた洞窟や山中の

ほら穴で暮らしてきた人が居たそうなんです。

ビックリですよね~。43年ですよ。43年・・・・。

サバイバルも良いところですよね~。

実際に、こう言う方がいらっしったなんて。・・(・∀・)・・。

今現在はどうしているのでしょうか?

43年間のその後も気になります。家族もチェックしてみました。

現代では、かなり不思議な話ですがどんな方なのか気になります。

そんな訳で「洞窟おじさん」のご紹介です。

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今現在は?

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洞窟おじさんの今現在は、インテリア内装業に就き、社会復帰を果たされて居るそうなん

です。

その前に、洞窟おじさんの名前や年齢などを紹介します。

・名前:加村一馬さん。

・昭和:21年8月31日生まれ(70歳)群馬県大間々町生まれ。

・8人兄弟の4男坊。

群馬県にある自立支援施設に暮らしているそうなんですがそもそも何故家出をしたので

しょうか?

その理由はこうです・・両親の虐待から逃れるためだったそうなんです。

「ロープで墓石に括られて、頭に雪が積もってもそのままにされて…。

だから、絶対に誰にも見つかったらいけないと思った」。と語られています。

家出をするぐらいなので虐待は毎日続きかなり酷かったのだと推測出来るの

ですが、小さい頃に親から虐められてたから今でも頭の中に残っているそうです。

現在70歳です心痛いですね。

加村一馬さんは1946年、群馬県大間々町の農家の四男に生まれます。

学校にお弁当も持っていけない貧しい暮らしだったのです。

8人兄弟の6番目で、内気な性格からよく虐められた様です。

14歳になった中学2年の秋、生活に嫌気がさし、カバンに干し芋と塩、

マッチを詰め家出をしたのでした。

その時、愛犬のシロが追いかけてきたのです。

向かったのは、幼いころに行った約25キロ北の足尾銅山でした。

持参した食料はすぐなくなり、ヘビやカエル、カタツムリ、野ウサギなどを

捕っては焼いて食べる生活になって行ったそうです。

鉱脈を探すために掘られた山頂付近の穴に住み始めます。

シロは賢犬でその後、何度も命を助けられる事があったそうです。

山中の洞窟を見つけ、何とか風雨を凌げる事が出来たそうなんですが

普通ならもうこの時点で家に帰りたいと思うと思いますが・・・。

何日も歩き続け疲れのせいか、 安心したせいか、高熱に見舞われて

寝込んでしまいこの時、夢の中で一線を越える間際でシロに起こされたそうです。

シロはおとなしい犬で決して人を傷つけるような事はしなかった

そうなんですが、このときはあの世への誘いを断ち切るために、

耳に噛み付き思いっきり引っ張っていたそうなんです。

耳は血だらけだったそうです。

それから2年後にシロが亡くなります。

それを機に足尾銅山から、栃木県や、茨城県の山々に移ったそうです。

人里に下りて農作業を手伝い、食料や衣類などをもらったこともあるそうなんですよ。

けれど「素性が知れたら帰される」と、人との接触を避けたのです。

歯は20歳過ぎに無くなってしまったそうですが、病気はしなかったそうです。

新潟県では、山中の珍花が売れてお金を稼ぐ事もできたそうで、

珍花と言われているので、蘭ではないか?と後に言われています。

山中のドライブインの駐車場で蘭を売って、数万円のお金を手にしたの

事もあったのです。

同時にお金の有り難みと虚しさも体得したのでした。

その後は?

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お腹が、減っては野生の動物を追う生活に疲れたそうです。

6年前「死のう」と思ったそうでヒッチハイクしたトラックの運転手に「死にたい」

と話すと、富士山ろくにある山梨県の青木ヶ原樹海に連れて行ってくれた

人がいたようで、樹海で見た物に怖くなり、命をたつ事を思い留まるのでした。

最終的には河川敷で魚をとって生活するようになったようです。

この時には、茨城県に至っていました。

釣りの腕前を認める釣り人から「先生」と慕われ、仲間も出来たそうです。

ある日、釣り仲間の家に呼ばれ、カラーテレビを初めて目にしたのでした。

釣り人との交流も出来、近所の人が加村さんの所に魚を売ってもらいに

来る様になったのでした。

近所の釣り人と懇意になり家に居候する事になり経営する会社の世話になり

仕事(家の内装工事)を覚えたのでした。

ようやく人並みに社会生活ができたときには家出をしてからこの時には

既に43年を経ていました。

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家族もチェック!

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加村さんの家族や兄弟については、何もないようなんですが加村さんは、70歳です。

両親は、既にいらっしゃらないのは明確です。

加村さんが発見されたのは、今から十数年前なんですが、

57歳のとき、空腹にたえかねて自動販売機をこじあけようとしている

所を逮捕されて、取り調べの中で壮絶な過去が明らかになり

これまでの加村さんの人生が世に知れ渡ることになります。

加村さんが名乗った戸籍には該当者がなく、兄とみられる

人に写真を見せても 確認できず「自称」のまま起訴されます。

13歳の子供の時以来お兄さんと会っていないのですから無理もありませんよね。

結局、釣り仲間の一人が身元引受人となり刑事裁判では、加村さんの事情が

考慮され執行猶予処分になります。

この事を機に釣りを通じて知り合った方の元で住み込みで働くことを決め、

社会復帰への道を歩み始めたのですがその道のりは決して平坦なものではなかったのです。

暫くして加村さんは、釣り仲間の方のもとを離れ再び川べりで暮らし始めたそうです。

そんな加村さんに救いの手を差しのべたのが、群馬県内で複数の

福祉施設を運営する社会福祉法人『三和会』の藤澤敏孝さんでした。

加村さんは、藤澤さんが運営する施設で暮らすことになります。

そこで出会ったのが、施設の職員として働いていた保嶋のり子さんでした。

保嶋さんは「理事長から加村さんの身の回りの世話を頼まれた時は、

正直、自分にできるのかと不安になりました。

洞窟でずっと暮らしていた人なんて、自分には想像できませんでしたから」

と言葉を残されています。

保嶋さんの不安は的中したのです。

加村さんは頻繁に施設を抜け出し、理事長の紹介で建設現場で働くものの、

たびたびトラブルを起こしたそうです。

施設関係者の方は、「加村さんは幼少期に両親から虐待され、学校でも激しい

虐めにあっていました。

人との間に居場所を求めながらも、どうしても人に対する不信感や

恐怖感を拭うことができなかったんです」。と語られています。

しかし、保嶋さんは加村さんが逃げることを許しませんでした。

逃げ出そうとする加村さんを何度も何度も連れ戻し、「逃げちゃダメ!」

と叱咤したのです。

加村さんは、「自転車に乗って山へ行こうとした時、走って追いかけてきた

保嶋さんがそのまま体当たりして、俺を捕まえたんだ。

その時の保嶋さんの必死な顔を見て始めて、俺は生きていてよかったって思ったんだ」

と言われたそうです。

加村さんは次第に心を開いていかれました。

保嶋さんや理事長、施設の職員や利用者たち…。

みんなの笑顔が見たくて、たったひとりで施設に広大なブルーベリー畑を作ったのです。

加村さんは今、自身の経験をもとに、多くの子供たちに野山で遊ぶことの楽しさを教えた

いと語られているそうです。

まだまだ虐めや虐待が多い現在です。

心も身体も傷つき性格や・才能・人生全てが変わってしまうのも身近にある話なんです。

私事ではありますが、知人の子供さんが5年前、学校で酷たらしい虐めにあい病院に

通院しなくては行けない状況に追い込まれた事がありました。

5年を過ぎた今でもカウンセリングを受けているそうです。

その時、教頭先生が言われた言葉は「虐めは命を削る」

「何もしていない○○○ちゃんが何で」と知人の子供さんの病的な姿を

見て号泣されたそうです。

生きて行くだけでも大変な現在ですが、私を含め大人が少し心に余裕が

ある日々を送る事が出来るなら・・。

虐めや虐待を無くす事が出来るのではないでしょうか?

そんな社会になって欲しいですね。

今、加村さんもご高齢になられているのですがこれまでに出来なかった事

沢山トライされて毎日楽しくお幸せに過ごされる事を願います。

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