長崎宏子(元オリンピック水泳)の今現在!夫と子供は?娘が気になる!

皆さんは、どのオリンピックが競技が好きですか?

私は、水泳や陸上が好きです。

やはり、短期間のうちに競技して競い合うスポーツです。

スピード感があって面白いですね!

特に筆者は水泳を子供の頃やっていた事もあり、平泳ぎが結構得意でした。

逆に苦手なのは、背泳ぎでしたね。

上ばかり見ていて、自分がどこにいるのか解らなくなる。

そんなところが苦手な一つだったのかも知れません。

今回は、水泳選手の長崎宏子さんの記事について書きたいと思います。

最後までお読み頂ければと思います。

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長崎宏子(元オリンピック水泳)の今現在

長崎宏子さんは、案外知らない人も多いのでは無いでしょうか?

オリンピックに出た元水泳選手です。

といってもかなり30年以上前の話なので、知らない人も多いのも無理もありません。

長崎宏子さんは、平泳ぎが得意です。

平泳ぎの天才と呼ばれていました。

実は、最初背泳ぎをやっていたそうですが、進むのが遅く、

後から習った平泳ぎで頭角を表したそうです。

確かに背泳ぎは、方向感覚が難しくどこにいくのか分からなくなる部分があります。

息継ぎをしなくて済みますが、得意・不得意が別れると思います。

筆者も、長期間泳ぐのでしたら平泳ぎが良いですよね。

特に海で泳ぐなら平泳ぎがおすすめです。

体力の消耗も少なく長く泳ぎ続ける事ができます。

彼女は、8年連続で日本選手権を優勝したというかなりの実力の持ち主です。

しかし、オリンピックでは金メダルが確実と言われていたものの、

練習中にひざを痛めたためメダル獲得には至りませんでした。

当時、日本国中が彼女に相当期待していただけに、残念に思った人も

多いのでは無いでしょうか?

現在は、夫ともに妊婦さんやベビーを対象とした水泳教室を開いているようです。

もともと水泳の選手で、自分の得意分野で活躍できるわけですから仕事として

得意分野を生かせる事が出来るのは、幸せな事ですよね!

水泳選手としては、なかなか思い通りにはならなかったですが、

自分の教えた子供の中で将来、有望の選手が表れれば、かなり

のやりがいや自分にとっても収穫になると思います。

長崎宏子さんは更に、笹川スポーツ財団の評議員を務めているそうです。

生涯を通して、長崎宏子さんはスポーツとは縁が深いという事ですね。

夫と子供!

長崎宏子さんの夫の名前は、春日良一さんで1995年に結婚したそうです。

春日さんには実は妻子がいたそうで、いわゆる略奪婚だったようですね。

二人はJOC職員時代の上司と部下の関係であったようです。

ただ結局二人は、不倫関係だったわけで会社を居づらくなのでしょう。

辞めてしまったようです。

話は、変わりますが、ここで夫の春日良一さんについて紹介しましょう。

春日さんは、1955年6月22日生まれの62歳

ペンネームは「明日香 羊」さんだそうです。

出身地は、長野県。

高校は、長野県長野高等学校で、偏差値69

長野県の中で最も難しい高校です。

弁護士の北村晴男さんとも同じ高校だったそうです。

最終学歴は、上智大学文学部哲学科卒とのことで、結構な高学歴な事が解ります。

そして職歴と言えば、日本体育協会からJOCの職員になったようです。

学歴や職歴をみても異例であることが解ります。

二人の間には、子供が3人いらっしゃったようです。

実は、全員女の子だったようです。

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娘について!

 

長崎宏子さんには、先程記載したように

3人の娘さんがいらっしゃるそうです。

名前や生年月日等については解りませんでした。

3人の娘さんが生まれたのきっかけにマタニティやベビーを対象とした

水泳スクールを開催したようです。

娘さんはだれも水泳選手になりませんでした。

親が得意でも子供が同じ道に進むとは、限らないですね。

親は、親。

子供は、子供ということでしょう!

プロフィール

プロフィール

本名は、春日宏子(かすがひろこ)さんと言います。

生年月日は、1968年7月27日で現在49歳でアラフィフです。

夫とも一回り以上年齢が下という事になります。

星座は、獅子座です。

出身地は秋田県の秋田市です。

小さい頃から水泳は得意だったようで、

天才水泳少女とまで言われたそうですよ。

あの幻となったモスクワオリンピックの選手に選ばれ、

その後ロサンゼルスオリンピックやソウルオリンピックにも出場し、

オリンピックの代表は3度選ばれた事になります。

がん

少し長崎宏子さんの学歴と経歴をご紹介します。

秋田県立の秋田北高等学校に進学します。

この高校は、一般入試で合格したこともあり偏差値は61歳という事もあり、

頭脳も明晰であったことが解りますね。

しかし、高校は途中で退学して、アメリカの高校に留学します。

高校は、アメリカのエルサリート高校と言う名前でした。

大学は、カリフォルニア大学のバークレー校に進学します。

帰国後ソウルオリンピックを目指すが予選敗退。

次のバルセロナオリンピックを目指す前の1991年に日本選手権で

2位にはなったものの第一線を退いたそうです。

その後は、1992年にJOC職員となります。

以上がプロフィールとなります。

今回は、長崎宏子さんについて記載しました。

水泳選手の頃は紆余曲折し、思い通りならない部分も多かったかと思いますが、

それでも一生懸命選手生命を貫いたことでしょう。

水泳選手の経験をうまく、水泳教室にいかして欲しいですね。

そして夫も末永く頑張ってほしいと思います。

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