北村麻子(ねぶた師)の夫や子供は?恩師は父親?ねぶた下絵とデビューも調査!

こんにちはチャチャです!

お祭りは全国的に数多く行われますが、今回注目したいのは北村麻子さん

(ねぶた師)です。

女人禁止が300年続くと言われているねぶた師。

その歴史を覆し女性初のねぶた師の北村麻子さん。

昨年の熊本地震の後、熊本の復興にむけて「青森ねぶた」が熊本上陸したんです

その目的は「祭り」という形で熊本に元気をという事です。

ありがたいですね・・m(_ _)m・・・

あれだけ素晴らしい伝統のあるねぶた祭りを熊本まで運んで頂いたとは。

昨年の「熊本復興ねぶた祭り」は、青森の地元企業や青森のねぶた祭り

の団体を中心に募金を募って開催して下さいました。

熊本地震から1年と7ヶ月。

自分を含め県民の皆さん頑張っています。

私事ではありますがこの夏、熊本城近くの病院に母が入院したので

毎日お城の横を通り病院に行っていたのですが、地面に置いてある

城内の瓦を目の目にしてなんだか悲しい気持ちに。

被害を受けた石垣は、64カ所もあるそうで重要文化財に

指定されている建物13棟は全てが損傷を受けたといいます。

天守の移動工事は2015年5月からスタートしているのですが

最終的に全ての工事が完了するのは2023年予定だそうです。

一旦、天守をどかして石垣を修復し天守を戻すまでに8年もの

歳月がかかるそうです。

そんな事を考えると改めて、あの日の地震の大きさがどれほど

のものだったのかと知らされます。

そんな理由から北村麻子(ねぶた師)さんの結婚や夫また恩師や

ねぶたの下絵なども注目してみたいと思います。

【スポンサー リンク】

夫や子供は?

北村麻子さんの夫や子供についてですが、北村さんは既に結婚され

子供さんもいらっしゃるそうです。

ねぶた師の仕事はこれまで「男性の仕事」とされ、

女性が関われる範囲は限られていたようです。

ねぶたは元々、町内の男の人たちが集まって朝までお酒を飲みながら

作っており、女性が入れる世界ではなく男性側も入れたくないという

名残りがあったそうです。

作業は力仕事。

テーマ的にも男性的な荒々しさを描くことが多いので、女性にそれができるのか?

と考えられていたんですね。

北村麻子さんがいつ結婚されたか?などの詳しい情報はありませんが2015年に

女の子を出産されてます。

現在は2歳ですね。

女の子ならおしゃべりも上手になった頃で一番可愛い盛りです。

子供さんが生後2か月で母親に預けて下絵を描き始めた麻子さん

麻子さんの夫である方も、なかなかのイクメンパパのようで

麻子さんが仕事で忙しい時などは、夫が料理を作ってくれたり

娘さんの面倒を見てくれたりとサポートしてくたと言います。

それがなければここまで来るのは無理だったそうです。

子供さんの夜泣きもあったりと、母親としても大変だったようですが

子供の前ではいつも笑顔でいたいし、妊娠時よりデビューの時よりも

育児をしている今年が一番きつかったそうです。

ねぶた師はクライアントから依頼を受けたら基本的には毎年やり続ける

仕事なので男性、女性に限らず、休む=辞めるとなるそうです。

ねぶた師の世界に、産休や育休のような仕組みはなく

母親とねぶた師、どっちも諦めたくはないと言われる北村さんです。

できたら二人目の子も欲しいと話されています。

今後、女性ねぶた師をやりたい人が出てきたら北村麻子さん自身が

できる範囲でサポートをしたいと言います。

形は違えど仕事に育児、家事などで女性は休む暇がないですよね。

子供が学校に通うようになると尚更です。

最近では、学校も一人一役と何かしないといけません。

子育てはご主人と頑張って欲しいですね!

恩師は父親?

北村麻子さんの恩師と父親についてです。

六代目「ねぶた名人」の北村隆さんは麻子さんの父親で恩師。

少しご紹介しますね!

北村隆さんは1948年青森市生まれ双子の兄。

1958年、北村隆さん小学4年生の時兄弟で町内のねぶたを作り始めます。

1962年、中学2年生でねぶたの神様と言われた北村敬三さんに師事

1965年、17歳で始めて北村兄弟の名で大型ねぶたを制作

以後制作を中止されます。

1978年、13年ぶりに青森ねぶたの制作を再開

2007年、大型ねぶた「聖人聖徳太子」ねぶた大賞受賞

2012年、第6代ねぶた名人位を顕彰

北村麻子さんは父親でもあり恩師で父親でもある北村隆さんの影響は大きいと

言われています。

子供の頃から、ねぶた師の父親を誇りに感じ祭でもたくさんの人が「すごいね!」

って声をかけてくれていたそうです。

しかし、2007年頃に父親が足を悪くし引退するかもしれないと言う出来事があり、

麻子さんは怖くなった時期があったそうですがその困難を乗り越えて父親が制作した

「聖人聖徳太子」。

麻子さんは、ねぶたの素晴らしさに衝撃を受けます。

【スポンサー リンク】

ねぶたの下絵とデビュー!

父親が足を悪くし引退するかもしれないと言う出来事があり

麻子さんは2007年、父親の制作した大型ねぶた「聖人聖徳太子」

ねぶた大賞受賞に感銘を受け、ねぶた師を志した北村麻子さん。

父親が何十年もかけて培った技術を絶やしちゃいけないと感じたことが、

ねぶた師を志すきっかけとなったそうです。

前例のない女性弟子。

3年間の修行を続け、現場に行ったら全然相手にされずでの1年が終わります。

次の年から他ののお弟子さんへの指示を盗み聞きして必死に工程を覚えた麻子さん。

3年目でようやく徐々に仕事を任せて貰えるようになったといいます。

厳しい世界です。

女性は「紙貼り」しかやらせてもらえず、「色つけ」や「骨組み作り」は男性の仕事。

最近は女性が色つけをすることも増たそうです。

修行4年目で父親に「娘に作らせてみては?」というオファーがあったそうですが、

麻子さんはさすがに早すぎると一度は断ります。

ねぶた祭は、参加団体全てのねぶたの優劣が賞で審査され激しいライバル意識がある為、

デビュー作が受賞したことに対して

女だから贔屓されている!

親父が作っているんじゃないか!

などと言われた事もあり悔しく辛い経験もされ2012年のデビューに至ります。

プロフィールを紹介!

・1982年10月生まれ。

・2007年・・父親の制作した大型ねぶた「聖人聖徳太子」

(ねぶた大賞受賞)に感銘を受けねぶた師を志します。

2012年青森市民ねぶた実行委員会から依頼されデビュー。

そのデビュー作「琢鹿(たくろく)の戦い」が優秀制作者賞を

受賞したことで注目される。

・2015年「平将門と執金剛神」・優秀制作者賞・観光コンベンション賞を受賞

・2016年「陰陽師、妖怪退治」・優秀制作者賞・商工会議所会頭賞を受賞

・2017年「紅葉狩」・最優秀制作者賞・ねぶた大賞を受賞

ねぶた師史上初の女性ねぶた師。

父親であり、数々の功績を残すねぶた師の第一人者

六代目「ねぶた名人」の北村隆に師事。

北村麻子さんは、この世界に入るまで事務や販売などと

色々な仕事をしてきたそうですが、どの仕事も長く続かなかった

そうです。

子供の頃頃から、夢中になれる物がなく生まれて初めて、

自分からやりたいと思ったことが「ねぶた」でした。

最初は、見よう見まねで下絵を描き、ねぶた師になりたいとは

一度も伝えずいたそうです。

修行中に作った小さな「子ども用ねぶた」を見て、

拙いながらも「伸びしろ」を感じ

2012年「青森市民ねぶた実行委員会」から依頼されデビュー

デビュー作「琢鹿(たくろく)の戦い」は新人として異例の

優秀制作者賞を受賞します。

【スポンサー リンク】

 

関連コンテンツ