橋田壽賀子の熱海の自宅が気になる!夫や子供は?今現在と病気若い頃もリサーチ!

こんにちはチャチャです!

今日は4日ぶりに外出しました・・・と言うのも風邪をひいて体調を崩していたんです。

人には気をつけて!なんて言っておきながら自分の事になれば何のそのって感じで(笑)

年齢のせいか1度体調を崩すと元に戻るまで暫くかかりますね。

日頃の運動不足もある気がします。

さて話は変わり今回ご紹介させて頂く方は皆さんご存知の橋田壽賀子さんです。

橋田壽賀子さんと言うと「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」です。

徹子の部屋でのゲストに泉ピン子さんと出演されるようで

また違ったトークも聞けるようでこちらも楽しめそうです。

その「渡鬼」も最初のスタートから何年たつのでしょうね?

岡村の4姉妹と父母。

父親には藤岡琢也さん、母親には山岡久乃さんでした。

今は懐かしい俳優さんです。

「渡鬼」は既に第9シリーズと2時間スペシャル前後編と放送され

ドラマに出演される俳優さんも少しずつ変わり時代を感じます。

そんな訳で今回は、脚本家の橋田壽賀子さんの熱海の自宅や夫や子供

そして今現在と病気、若い頃などに触れながらご紹介です!

【スポンサー リンク】

熱海の自宅が気になる!

橋田壽賀子さんの熱海の自宅からです。

橋田壽賀子さんの熱海の自宅は「熱海自然郷」と言う別荘地として

知られている所にあるそうで、タヌキやイノシシが姿を現す自然豊

かな場所と言います。

そうかも知れませんね別荘地なので。

そんな中でも橋田壽賀子さんの自宅は標高400メートルの高台で

網代湾が広がって、晴れた日には房総半島や三浦半島まで眺められ

勿論、自宅のお風呂も温泉でしょうし、

お魚なども活きがいい物ばかりでお野菜なども

新鮮なのは想像つきますね。

羨ましいばかりです。

最近では家の近くでも温泉付き住宅なんて言うのが増えていて

自宅のお風呂は温泉なんです。

建物代以外に温泉兼を購入になるのですが1度購入すると24時間

何時でも自宅のお風呂は温泉。

いいですよね~

温泉は湯冷めは無く疲れもちゃんと取ってくれて願ったり叶ったり。

毎日温泉に入っているとお肌もスベスベになるんです。

橋田壽賀子さんの熱海の自宅の朝は静かで、鳥のさえずりが聞こえ

そのさえずりで目が覚めるそうなんです。

まるでおとぎの国の様で憧れるばかりです。

そんな場所で暮らしていたら仕事で都会に出かけるのも

億劫になっちゃいますね!

しかし脚本家のお仕事の橋田壽賀子さんです。

80代までは新幹線で熱海の自宅から東京へよく出かけたそうです。

近年熱海市内に移住する人は年々増加傾向にあるそうで

女優の泉ピン子さんは橋田壽賀子さんが熱海に移住されたことを

きっかけに自身も熱海にマンションを購入されたとか!

スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんや作家の森村誠一さん

又、世界的ソムリエの田崎真也さんも温泉付きマンションを2008年

頃、購入されたそうで45才以上では、転入者の数が転出者を上回っ

ているんだとかで人気上昇なんですね。

自然豊かな熱海の自宅での生活にも橋田壽賀子さんは89歳で「終活」

をされたそうなんです。

現在92歳の橋田さん。

終活を思い立ったのは立つ鳥跡を濁さずと考えからのようです。

とは言っても1964年に作家としてデビューされ資料などもかなりあった

ことではないでしょうか?

持ち物の整理などは、お手伝いさんに手伝って貰いながらのこと。

蔵書の多くは熱海市の図書館に寄贈され資料として取ってあった

新聞の切り抜きなどはすべて処分されたそうです。

かなりの量と時間を終活に費やしたことでしょうね。

押し入れの中にしまい込んでいたバッグはなんと120個もあったそうです。

びっくりですね!

バッグの数の多さもオドロキですが120個ものが入っていたと言うことも

オドロキです。

かなり大きく取った押し入れですね・・・想像してみました!

結局バッグは貰い手がなかったそうでリサイクルショップに

持ち込んだら四十数万円と言う額になったと話されていました。

またまたビックリしてしまいます。

橋田壽賀子さんの終活は1年かかったそうです。

終活に関わらず来月は師走。

今年こそは早めの大掃除を目指したいものです!

夫や子供は?

橋田壽賀子さんの夫と子供についてです。

橋田壽賀子さんと夫との出会いはTBSの社員だった男性。

1964~67年放送のドラマ「ただいま11人」がきっかけでした。

橋田壽賀子さんは第一印象で自分とは違うタイプの頭の良い人

と感じたそうで、結婚をされたのは1966年5月10日

当時TBSプロデューサーをされていた岩崎嘉一さんと結婚されます。

岩崎嘉一さんはその後、1984年のTBS退職

夫の岩崎嘉一さんは1989年がんでお亡くなりになられます。

橋田壽賀子さんが夫のがんを知ったのは63歳の時。

当時、橋田さんは春日局の脚本に取り組み出したばかりの時でした。

夫の岩崎さんは亭主関白で周囲が「よく我慢しているわね」と呆れるほど

橋田さんは夫に尽くしたそうです。

結婚した以上絶対に喧嘩をしない、言い返さないと心に決め亭主関白も計算

の上で結婚されたといいます。

さすが大和撫子ですね。

橋田壽賀子さんと夫の岩崎嘉一さんの間には子供はいなかったようです。

夫の岩崎嘉一さんは橋田さんに結婚したら仕事は辞めるように話していた

そうですが、実際結婚しこどもが居なく仕事の再開を許してもらってからも

夫の前で原稿用紙を広げることは一切しなかったそうです。

夫の岩崎嘉一さんにとって良き妻だったのでしょうね。

お亡くなりになられた夫の岩崎嘉一さんは静岡県にある実家のお墓で

お母さんと眠っているそうです。

橋田壽賀子さんは以前、夫と一緒にと思い購入されていた日本文藝家協会

の共同墓もお持ちだそうですが、ここにはお2人の遺品の時計を入れる

予定にしてあるそうです。

【スポンサー リンク】

今現在は?

橋田壽賀子さんの今現在についてです。

今年9月に「渡る世間は鬼ばかり」3時間スペシャルの放送があったばかりです。

このスペシャルも楽しく拝見させていただきました。

えなりかずきさんの父親役には時の流れの早さを感じましたが

妻役の清水由紀さんも良かったですね。

勿論石井ふく子プロデューサーと脚本、橋田壽賀子さん。

このお二人だからこそのドラマです。

橋田壽賀子さんの今現在は、個人トレーナーの指導で

・月・水・金曜とトレーニングされているそうで、至って健康。

以前は毎日プールで800メートル泳ぐのを日課にされていた橋田さん。

しかし、近くのホテルのプールがなくなってしい変わりに週に3回ジム

で1時間のトレーニングを続けているそうなんです。

バランスボールを使ったストレッチとか自分の弱いところを鍛える

個人トレーニング。

以前より足腰が弱っているのは確かで数カ月前定期健診で行った

病院の玄関前で転び、顔面を強く打って大ケガをしてしまいます。

手術が必要になり左の眉の上、おでこは神経も取り左眉は3針と

左の頬は2針縫ったという大手術。

なんとも痛々し事です。

骨に異常がなかったのが幸いと言いましょか・・・

大事にされてくださいね。

病気や若い頃もリサーチ!

橋田壽賀子さんの病気についてです。

橋田壽賀子さんを検索してみると病気と言うキーワイドが出てきます。

そこで調べてみたのですが、今現在、橋田さんご自身が病気をされて

いると言う事はなく橋田壽賀子さんが書いた「安楽死で死なせてください」

が話題となったようです。

橋田さんは「自分の死に方」が心配になり真剣に「安楽死」について

考えたそうです。

死について考えた時、橋田さんがが思い出すのは、60歳で亡くなった

夫の事と死に方とその時期くらい自分で選びたいと言う理由からだったようです。

 

【楽天】
橋田壽賀子さんの夫の病気が見つかった時は既に末期の肺がんだったのですが

橋田さんは夫にがんの告知をしなかったそうです。

インタビューなどでは橋田さんは、点滴や胃瘻、人工呼吸器などの延命治療は

お断りですと言われています。

医療については「今の医療は生かすことしか考えていない。

幸せに死なせるとか上手に死なせる事も医療の役目ではないでしょうか?

と疑問も投げかけておられます。

人さまに迷惑をかける前に死にたいそれが私の望みですとも言われています。

食事から下の世話まで人さまの手を借りるならそうなる前に

死なせてもらいたい。

尊厳とプライドの問題で死ぬときに、痛いのや苦しいのも嫌です。

だからいつどうやって死ぬか、自分の意思で決めさせてもらいたい

と言う気持ちから「安楽死で死なせてください」を出費し外国人の

安楽死を唯一認めている国スイスに行かねばならないと語られています。

人さまに迷惑をかける前に死にたいと誰しもが思う事ですね。

私事ではありますが数年前身近な方が、がんで亡くなりました。

これまで痛みと戦ったこられた事など最期を看取った事で

考えさせられることが多かったのも確かです。

延命治療の難しさ終末期のあり方など改めて考えても良いのかも知れませんね。

橋田壽賀子さんの若い頃についてです。

橋田壽賀子さんは東京大学に受験したと言う経験の持ち主。

東京大学に受験するも失敗に終わり同時に受験していた

早稲田大学第二文学部演劇専修に入学します。

早稲田大学在学中には学生劇団「小羊座」に入部していたんですね。

俳優を目指していたのでしょうか?

学生劇団「小羊座」では役者を務め脚本塾に通って演劇の執筆を始めるのです。

若い頃から書くことが好きだったようですね。

1949年、松竹に入社し脚本部所属となり松竹最初の女性社員となります。

1952年映画「郷愁」は初めて脚本を執筆した作品となるのです。

1959年松竹を退職し独立

1964年「袋を渡せば」で作家デビューされます。

同年、東芝日曜劇場「愛と死をみつめて」の脚本が話題となり、

テレビドラマの脚本家として有名になるのです。

以後テレビドラマの脚本家として活躍され

代表作は・おんな太閤記・おしん・春日局・渡る世間は鬼ばかりなど。

プロフィールを紹介!

・橋田壽賀子(本名・岩崎 壽賀子:いわさき すがこ)

・1925年5月10日生(92歳)

・京城府(現:大韓民国・ソウル)生まれ

・大阪府堺市西区出身

・1979年・NHK放送文化大賞

・1984年・菊池寛賞

・1988年・紫綬褒章

・2000年・モンブラン国際文化大賞

・2004年・勲三等瑞宝章(昭和16年)受章

・2015年・文化功労者

代表作「おんな太閤記」「おしん」「春日局」「渡る世間は鬼ばかり」

清水由紀の今現在!結婚や彼氏は?美少女クラブ31もリサーチ!

橋田ファミリーには泉ピン子さん代表される「橋田ファミリー」に属する

ベテランの役者が多く橋田ドラマの長台詞にも対応できる俳優さんばかり。

夫の岩崎さんの遺言である「不倫と人殺しの話は絶対書くな」という

言葉を守っているそうです。

テレビドラマ、映画、舞台、著書と多くの作品を手掛けられています。

【スポンサー リンク】
関連コンテンツ