宮本エリアナの国籍は?母親と父親が気になる!生い立ちもリサーチ!

こんにちはチャチャです!

今日から11月ですね。

昼間は少し動くとまだ汗ばむほど暖かかったりするんですが

11月ともなるとさすがに朝は寒さを感じます。

この時期風邪をひきやすいですね。

今年の風邪は喉にくるようで咳が酷くなるみたいですよ!

気を付けたいですね!

さて、今回ご紹介させて頂く方は2015年度「ミス・ユニバース」に

日本代表として出場され、大会ではトップ10に入賞した宮本エリアナ

さんです。

世界大会で着た民族衣装をテーマにしたドレスは日本と西洋の伝統が

融合したドレスで注目を浴びましたね。

黒地の着物をベースに片袖。

裾の赤地には無数の鶴が舞って足が見えるデザインでエリアナさん

だから着こなせるドレス。

これまでのミス・ユニバース日本代表とは又違ったイメージの

宮本エリアナさんですが、とてもチャーミングな女性。

ミス・ユニバースに出場するまで様々な苦労や格闘があったようです。

今回は、そんな経験や出来事、そしてこれまでの偏見の目で見られて

きていた宮本エリアナさんの母親、父親、国籍について。

また、生い立ちなどに触れながらご紹介したいと思います。

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国籍は?

宮本エリアナさんは日本人の母親とアメリカ人の父親をもつハーフ。

長崎県佐世保で生まれ育ちます。

国籍は「ミス・ユニバース」出場時は22歳未満のため二重国籍でした。

現在23歳の宮本エリアナさんですが、国籍については日本と米国の

二重国籍のままなのでしょうか?

将来的には日本国籍を選択する予定だそうですが気になるところです。

国籍についてですが、20歳に達する以前に重国籍となった場合は

一定の期限までにどちらかの国籍を選択しないといけないと言う

事が定められているそうで、その一定の期限が22歳までというわけです。

期限までに選択をしない場合には,日本の国籍を失う事もあるようです。

宮本エリアナさんは現在23歳になっているので、

既に日本国籍を選択された可能性が大きのではないかと推測します。

宮本エリアナさんは現在、様々な分野で活動されており今年の夏には

佐世保観光名誉大使に就任。

地元佐世保をPRしたり、フィットネスジムでの日常的な所作や

ウォーキングを中心に美しい姿勢に必要な体幹や筋肉を鍛える

トレーニングなどの講師またTV出演と様々。

これも又正式に日本人となられたからものだと思われます。

ますますこれからの活躍が楽しみですね。

母親と父親について!

宮本エリアナさんの母親と父親についてです。

上にも書いていますが宮本エリアナさんの母親は日本人

父親はアフリカ系アメリカ人。

宮本エリアナさんは、日本人の母親とアメリカ人の父親をもつ

ハーフです。

母親は、長崎県佐世保市出身でエリアナさんが物心がつく頃、

離婚されます。

父親は、米海軍佐世保基地に勤務していた男性で、名前や年齢

などは分かりません。

佐世保基地は、アメリカ海軍第7艦隊の一部が駐留する基地なんですね。

施設沿いに歩いてみると坂の途中から巡洋艦を覗き見る事が出き

佐世保基地に入るにはパスを持っている人と一緒に入るか、

バスツアーでしか入れず、基地の中のレストランでは、基地の中で

働いている日本人も多く何でもアメリカサイズ。

英語が話せなくても大丈夫だそうです。

ツワー観光で見学に来る方も多いみたいですね。

エリアナさんの母親は、随分と苦労されたようで母子家庭や

ハーフの子どもと、言う偏見から少しでも良い生活を娘にさせよう

と、母親は働き続けたそうですが、理想と現実は厳しくエリアナさん

が中学1年の頃の冬、母親は失踪してしまうと言う出来事がありました。

その後、母親はエリアナさんの前に突然現れ再会となったようです。

生い立ちをリサーチ!

物心がつく前に両親が離婚され母親、祖母、伯母、従兄弟の

5人家族で生活されます。

宮本エリアナさんは突然現れた母親を、すぐには受け入れられず、

再会当時は、わだかまりもあり徐々に親子の関係を取り戻して

いったそうです。

母親は昼、夜働いていたので、夕食は祖母が作ってくれて

祖母は料理の先生をしていた事もあり、夕食には毎日違うものが

出てきて、九州の郷土料理だんご汁や和食が中心のものを作って

貰っていたそうです。

この頃の楽しかった記憶では、たまに日曜日の夜などに家族そろって

家でご飯を食べる時。

などがあるそうですが、家族の中で肌の色が違うのはエリアナさん

だけで、その事が彼女の大きなコンプレックスとなって居たといいます。

当時、肌の色が違うことは、個性と言われても素直には受け入れらなかった

エリアナさん。

15歳の時、渡米し自分のルーツを知ることで受け入れられるようになり、

徐々にコンプレックスではなくなっていたそうです。

小学校低学年の頃に体育の時間に「色が移るから手を触らないで」

「一緒にプールに入らないで」と意地悪を言われた事もあり

イジメもかなり受けてきたそうなんです。

そんな時は、言い返すと又言われると思い、気にせず聞き流す様にし

家族や友人にも相談はしなかったそうですが、母親はエリアナさんの

落ち込んでいる姿を見抜き「あなたの肌の色は個性だし、きれいよ。

みんな、うらやましいのよ」と言って励ましてくれたそうです。

中学生になった宮本エリアナさんは、バレーボールに入部しエース

としてセンタープレーヤーで活躍します。

毎日バレーボール部の練習があり部活一色を過ごしたエリアナさん。

中学入学時には、150cmの身長も、卒業の頃には170cm近くまで

伸び成長します。

宮本エリアナさんの父親は離婚後、帰国していたのでエリアナさん

が中学3年生に渡米し父親と再開する事になります。

その年には米国の高校に入学。

この頃は、英語がしゃべれなかったので勉強したかったという理由から

の留学の様です。

米アーカンソー州に留学しそれまで一緒に生活できなかった父と生活

をし始めます。

留学先の高校生活で差別を感じた事はなく。高校では肌の色に対して

何かを言われることはなく、自分のことを人種ではなく個性で捉える

事ができる様になります。

多少は英語が話せるようになり、最初のころに比べれば話していること

も分かるようになって、自信にも繋がったと言います。

アメリカの家族の中から自分のルーツを実感できて、それをきっかけに

自分を素直に受け入れる事が出来る様になったそうです。

その後、米国での高校生活を続けることも考えたそうですが

休みに帰国して成田空港に到着した時にホッとする自分に気

づいたそうです。

日本のご飯で育ったので食べ物も日本のほうが生活しやすいと。

温泉も好きで特に好きなのが佐賀県の嬉野温泉でおばあちゃんからは

「自由に生きなさい」と言われていたといいます。

自分一人だけがハーフで、見た目が違い、普通に生活していても

浮いてしまう。

そのためみんなに合わせようとしていた事に気がついたエリアナさん。

そうではなくて、自分らしく生きる、自分のしたいことをする。

ネットなどでの「反日」という思いもよらないレッテルを貼られた

事も。

しかし宮本エリアナさんの中では想定内だったそうでこれが人種差別

や偏見に対する問題提起のチャンスになればいいと思っていると

何でも前向きにトライしてきたようです。

宮本エリアナさんは、日本(長崎県佐世保市)で生まれて日本で育った

から、日本人だと思ってるといいます。

でも、100%ではないし、はっきり日本人とも答えたくないそうです。

そう答えたら父や、その家族、祖先に申し訳ない気がするからなんだとか!

宮本エリアナさんは昔も今も「私は日本とアメリカのハーフ」と答えています。

宮本エリアナさんらしくしっかり前を向いて生きている方ですね。

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ミス・ユニバース出場のきっかけは?

日本人と米国人の両親を持つ宮本エリアナさんがミス・ユニバース出場

のきっかけは何だったのでしょう?

気になります。

2013年、2014年と、これまでにも宮本エリアナさんは、

ミス・ユニバース日本代表を選ぶ大会に向け長崎県事務局

から長崎大会への誘いがあったそうですがその度に断って

きたといいます。

理由は、ミスコンテスト自体に興味がなかった事と、

これまでに、ハーフで日本代表に選ばれた人がいなかったという事。

しかし宮本エリアナさんに大きな出来事が起こります。

2014年の春、1歳年上の親しかったハーフの友人ステファンが

自ら命を絶つと言う悲しい出来事があったのでした。

エリアナさんの友人の人ステファンは、白人系米国人とのハーフ

でしたが外見とは異なり、英語が話せない事と、それを指摘される事を

気にしていたそうです。

周りからの偏見の目、辛い思いをせれて来たのだと思います。

そんな友人ステファンの思いもありハーフであるエリアナさんが

大会に挑戦することによって、似たような境遇にある人に勇気を与え、

支えになる事ができるかもしれないと、考え直し大会出場を決意されたのです。

しかしエリアナさんが日本大会への出場が決まった時には

「今年の長崎代表はハーフなんだ」という声が上がりますが

その時のエリアナさんの心境は、ハーフであることを批判されて

悲しくないとは言えず、自身も又ハーフの自分という立場にとらわれすぎて

いた気がしたそうで、ハーフを言い訳にしていた所もあり批判の声が上がる

事が出場した意味の一つになると考えたと言います。

強い心を持っていますね。

しかし世界大会に出た宮本エリアナさんは出場者の8~9割はハーフで

優勝してミス・ユニバースに選ばれたフィリピン代表のピアさんは

ブラジルとフィリピンのハーフだったと知ります。

プロフィールを紹介!

宮本エリアナ(本名:宮本・エリアナ・磨美子)

生年月日・・・1994年5月12日(23歳)

出身地・・・・長崎県・アメリカ系日本人

血液型・・・B型

瞳の色・・・黒

毛髪の色・・黒

身長 ・・・ 173 cm

体重・・・58 kg

2014年11月開催のミス・ユニバース・ジャパン長崎大会で

グランプリを獲得。

翌年2015年3月開催の日本大会に総勢43名のファイナリスト

をわけてグランプリを獲得、日本代表に選出されてます。

同年12月、アメリカのラスベガスで開催された世界大会に出場

し、トップ10に入賞。

地元長崎県内の中学校を卒業後米国へ留学

日本に帰国後、バーテンダーとしてアルバイト。

渡米と同時期にモデル活動を始めミス・ユニバース世界大会代表

を契機にバーテンダーを辞め、日本におけるモデル活動を開始。

ミス・ユニバース日本代表に選ばれた後「ミス日本は両親が

日本人でなければ」などと一部で批判の声が出た。

日本で生まれ日本で育っているのに、日本人ではないのであれば、

ハーフの私たちは何人なのでしょう?」と指摘した宮本エリアナさん。

日本人としてますますのご活躍を応援しています。

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