マララユスフザイの今現在の活動について!大学は?父親と母親もリサーチ!

こんにちは!早いもので今日から10月に入りました。

昼間は、まだ暑く少しクーラーを入れた方が、まだ過ごしやすいですね。

新しい月の第1日目にちなんで今回ご紹介させて頂く方は

マララユスフザイさんです。

パキスタン出身フェミニスト・人権運動家。

マララユスフザイさんと言って思い出すのはあのスピーチです。

・「1人の子供、1人の教師、1冊の本そして1本のペン

それで世界を変えられます、教育こそがただ、

1つの解決策です。」

(マララさんの国連演説スピーチ)より

・「肌の色、言語、信仰する宗教は問題ではありません。

互いに人間として尊重し尊敬しあうべきです、私たちは

子供の権利、女性の権利、あらゆる人権の為に戦うべきです。」

(マララさんの国連演説スピーチ)より

マララさんのスピーチを目にし、当時大きな感動を受けテレビに

釘付けになった事を思い出します。

マララユスフザイさんは、2014年史上最年少でノーベル平和書を

受賞します。

まだ17歳と言う年齢。

あれから3年が過ぎ、マララユスフザイさんの今現在の活動について

大学、又マララさんの父親と母親もサラッと簡単に

リサーチしたいとおもいます。

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今現在の活動について!

マララユスフザイさんは2012年に原理主義勢力、タリバンに銃撃されますが

奇跡的に助かり、女性教育の重要性を訴え続けてきました。

2014年にノーベル平和賞を受賞。

今現在の活動は、2017年National Ethnic Coalition of Organizations

(国家民族連合、通称NECO)から「エリス島名誉メダル」を授与されます。

エリス島は希望の島とも呼ばれており、アッパー・ニューヨーク湾内に

ある島でアッパー・ニューヨークとは・・・・・

(ニューヨーク州、ニュージャージー州の港の中心であり

ニューヨーク湾と呼ばれ広義のニューヨーク湾の北半部)

を意味するそうです。

昔ヨーロッパから自由を求めてやってきた移民がアメリカに入国する

際の入り口となった場所でもあります。

エリス島名誉メダルは・愛国心・忍耐力・兄弟愛・アメリカの精神を

体現するそうです。

又、エリス島名誉メダルは・恵まれない人に・豊かな知識・不屈の勇気

・無限の慈悲・類まれない才能・無私の寛容さを分け与える使命を果た

した個人に授与されるものです。

なるほど・・正しくマララさんにぴったりですね。

この秋からマララさんは、大学生になるのですが、今現在イギリスで

学業に専念しているようです。

入学するまで世界中を旅行して、各国で頑張っている女の子達に会いに

行く計画を立てていると言います。

発展途上国などでは、いまも多くの女の子が、教育を受けられないまま

重労働をしたり、家族の世話をしたり、強制的に結婚させられたりして

いるそうです。

7月にはナイジェリアを訪問したマララさん。

ナイジェリアは、学校に通っていない子どもの数が世界で最も多い国で、

その人数は、1050万人を超えているそうです。

ボコ・ハラムによる危機で避難を強いられている女の子たちと面会し

避難民キャンプ内に設置された学校、公立の中学、高校の女子生徒達

と交流したマララさん。

4月には、女子教育の権利向上に取り組む国連平和大使に任命される

ことが決まりました。

ノーベル平和賞受賞、同様に史上最年少の平和大使となるのです。

大学は?

マララユスフザイさんは、英バーミンガムの私立エッジバストン女子学校

に通っており、イギリスのオックスフォード大学に進学する事が決まります。

大学では、哲学、政治学、経済学を幅広く学ぶ、[PPE]コースを専攻するそうです。

マララさんは、将来的に政治の道に進むそうで、

パキスタン首相を目指していると言います。

「そして、私はここに立っています。

傷ついた数多くの人達の中の一人の少女です。」

「私は訴えます、自分自身のためではありません。

すべての少年少女のためにです」

(マララさんの国連演説スピーチ)より

2012年10月9日マララさんは、スクールバスで下校途中、

武装集団に銃撃され重傷を負のです。

現地で弾丸摘出手術を受けたマララさん。

その後、イギリスの病院に移送され、一命を取り留めたのですが

当時15歳の女子学生を狙い撃ちにしたテロ事件はその後

世界中に知れ渡る事となります。

マララさんは、11歳の時からブログでタリバンを批判し、

タリバンの強権支配と、女性の人権抑圧を告発する

「パキスタン女子学生の日記」を投稿。

恐怖に脅えながらも、屈しない姿勢が多くの人々の共感を呼び

教育の機会を奪われた女性たちの希望の象徴となるのです。

15歳の時に襲撃されて重傷を負い、世界中の教育事業を支援する

組織「マララ基金」を協力者と共同で設立するのです。

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父親と母親もリサーチ!

マララユスフザイさんは1997年7月12日、北部山岳地帯の

スワート地区で生まれます。

父親の名前は、ジアウディンさんと言い、父親は私立学校を経営する

教育者。

マララさんもこの学校に通い医師を目指していたそうです。

母親の名前はトール・ペカイさんと言われ、父親とは反対に

字が読めないそうです。

女性が教育を受ける権利を訴え、パキスタンでイスラム武装勢力に

頭部を撃たれて重傷を負い、イギリスの病院で治療を受けた

マララ・ユスフザイさんがその後、学校に戻るという夢を実現した頃

父親のジアウディンさんは国連グローバル教育担当、特使の特別顧問

を務め家族全員でパキスタン人の多いバーミンガムで暮らしていました。

マララさんの両親は、いつも、お前には意見を言う権利があると

言ってくれたそうです。

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・学校に通う権利・自分らしくある権利・自立する権利・・・と。

「無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。

本を手に取り、ペンを握りましょう。

それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。」

(マララさんの国連演説スピーチより)

最近では学校でも、アラート(全国瞬時警報システム)と言う言葉や

プリントなどが配られています。

少し前までは想像もしていませんでした。

1日も早い世界平和を願うばかりですね。

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