牛島和彦の妻と子供の今現在は?家族が気になる!伝説と香川伸行も解説!

2017年9月25日

まだまだ残暑が続く日々ですが、少しずつ秋の気配を感じつつありますね。

今年の夏もスポーツは色々楽しませてくれました。

今年の夏に印象に残ったスポーツは何ですか?

私が特に印象に残っているのは、何といっても日本がワールドカップ出場決定したことです。

オーストラリア戦は正直勝てるかどうかわかりませんでしたが、

結局2対0だった訳です。

香川伸行(ドカベン)の妻と息子の今現在は?成績や浪商伝説も解説!

新人をうまく器用したことも功を奏しました。

6大会連続6度目のW杯本大会出場を決めました。

本当に見事でしたが、これからが本当の闘いですね。

そして高校野球でも今年も色々なドラマがありましたね。

早稲田実業の清宮選手が惜しくも甲子園出場を逃しました。

その姿は今でも残っています。

今年は決勝の花咲徳栄と広陵の試合も見頃でしたね。

さて、今回はかつて甲子園で香川伸行さんと沸かせ、

更にプロ野球選手や監督時代だった牛島和彦さんのご紹介です。

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牛島和彦の妻と子供の今現在と家族!

牛島和彦さんは、小学4年で野球を始め、中学3年夏に完全試合を達成したそうです。

高校では、香川伸行(南海)とバッテリーを組み3回甲子園に出場しています。

1979年選抜では、準優勝となりました。

そんな牛島和彦さんについてですが、牛島さんの妻や子供の状況家族については

全くその情報が出てきませんでした。

しかしネットなどを見ると子供はいるようですが、詳細は解りませんでした。

浪商伝説や武勇伝について!

牛島和彦さんは、四条中学校を経て浪商高校で、香川伸行(ドカベン)

とバッテリーを組みました。

さて、牛島和彦さんの武勇伝についてなんですが実は、数えきれないほどの

エピソードがあります。

主だったところをご紹介したいと思います。

浪商史上最強の不良番長だったらしく、中学・高校時から「走・攻・守」

三拍子ならぬ「酒・煙草・女」の三拍子揃った投手だったししいです。

当時、同じく喧嘩番長と言われた赤井英和さんも

「自分よりやんちゃなのは牛島和彦さんの方だった。」

と述べている位です。

実は、赤井さんの方が2つ年上なのに「さん」付けで語る程だったらしく

相当のやんちゃぶりがうかがえます。

さらに喧嘩が好きで、喧嘩に負けたことが無いそうです。

写真など見ると強面のヤンキーというよりかは、甘いマスクと独特な

キャラクターで甲子園でもギャルの間で人気を博していたようです。

学校の部活には練習時間に女連れで登校し、高校時代は練習をしょっちゅう

サボっていたそうです。

しかも、試合の時だけ現れて、結果を残していたようです。

やはり天才肌の人というのは存在するのですね。

そして「俺が投げれば、絶対勝つ!」と自信ありげに豪語したビッグマウス

の持ち主でもあったようです。

普通なら周りが引いてしまいますけど、彼だからなんだか許せる空気だった

かもしれませんね・・・。

他にもこんなエピソードがあるそうです。

★・・ほとんど授業には出ずに、職員室でなんと教員の机に座って

タバコを吸っていた事

★・・通学の電車で他校の生徒のカバンを次々と窓から放り

投げていた事

★練習にはいつも遅れて、女連れでタバコを吸いながら現れていた事

こう考えると、昔の不良マンガに出てくる人物と同じようなやんちゃぶりですね。

実は私は大阪出身で、牛島くんのファンでした。

中学生の頃、友人と共に自転車で浪商がある茨木市まで、牛島くんのを

しょっちゅう見に行ってたんです。

今は既に時効となって居るのでお話しますね!

ある日、いつもの様に浪商野球部の見学に行った時の事。

牛島くんの姿がないんです。

よくよく見ると、なんと車を運転して学校に来たではないですか

・・(・。・;

ビックリの一言と、当時は憧れだったので

・・かっこいい!!(^^)

で、何十年も過ぎた今でもその頃の事は忘れることはありませんね~。

学校にはよく車できていたそうです。

今の時代にそんなことやったらかなりの騒ぎになりますね。

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香川伸行との関係!

香川伸行といえばドカベンで有名ですね。

あの巨漢ながら高校時代は様々な好成績を残しました。

大阪浪商のエース牛島和彦さんとキャッチャーのドカベン事香川さんのバッテリーで

2人はちょっとした有名人でした。

ドカベンこと香川伸行はプロ野球に入ってからも付き合いなどで

誘いに断りきれず食事に行く機会が増えて、自らもスナック菓子などが

好きで年々体重が増えていきました。

もしも香川伸行さんがやせていれば、恐らくもっと長く続けいけたでしょうし、

球界を引っ張っていくほどの選手になっていたかも知れません。

牛島和彦さんプロ生活においても年々体重が増えていく香川に対し注意を呼びかけ

ていたようです。

同じ高校時代をかけぬけた香川伸行さんはすでに心筋梗塞で他界していますが、

牛島和彦さんは、56歳と健在です。

現在はテレビやラジオの解説者です。

香川伸行さんの分まで頑張ってほしいですね。

成績やプロフィールを紹介!

牛島和彦さんといえば、マウンドでの度胸が最高で、細い体にも関わらず大きな

体の相手打者をなぎ倒していく姿は印象的でした。

そして更に彼の凄さは、「マウンド度胸」と「冷静に分析する能力」の2つを

持ち合わせているところです。

特に「冷静に分析する能力」は監督や野球解説者としてもその能力を発揮しています。

そんな彼の興味深いプロフィールについて記載したいと思います。

出身地は、大阪府大東市。

生年月日は、1961年4月13日の56歳です。

身長177 cmで、体重は70 kg

血液型はB型です。

出身校は、四条中学校を卒業後、浪商高等等学校を卒業しています。

所属事務所は、株式会社プラミンです。

アテネオリンピック競泳金メダリストの柴田亜衣も所属しています。

彼の高校時代の成績は、

1978年の選抜高等学校野球大会では、1回戦

1979年の選抜高等学校野球大会では、準優勝

1979年の全国高等学校野球選手権大会では、ベスト4まで進みました。

その後、1979年のドラフト1位で中日ドラゴンズに入団しました。

このときの牛島さんの髪型はリーゼントで、雰囲気はまさにヤンキーの

それであったからおどろきです。

最優秀救援投手というタイトルを1987年に取っています。

そして、1993年にロッテでそのプロ野球人生に有終の美を飾ったのでした。

引退後1994年からTBS解説者になりました。

2005年から、横浜ベースターズの監督に抜擢されましたが、

2006年、チーム不振に伴い引責辞任をしました。

また解説者としても優秀で、今や理論派の解説者です。

50代とまだ若い牛島和彦さんですから、再度、監督としての姿も見たいですね。

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