愛華みれの夫や子供は?病気は悪性リンパ腫だった!実家も解説!

2018年10月11日

こんにちは!

6月も半ばを過ぎ早いもので半年が過ぎましたね。

梅雨は何処へ・・・。(・o・)

と、いつも言っているのですが・・。

今回ご紹介するのは元宝塚歌劇団の花組トップスター「愛あれば命は永遠に」で初舞台を踏まれ正統派男役として活躍された花組トップスターであった愛華みれさんです。

愛称は「たもさん」。

退団以降、女優としてTV、舞台、ミュージカルなど幅広く活躍されています。

愛華みれさんは大病を乗り越えてこられた方でもあります。

悪性リンパ腫という大変な病気。

血液のがんです。

でも、素敵な笑顔からはそんな大病を経験されたなんて想像も出来ない程。

ビックリもしています。

そんな事から今回ご紹介させて頂く事に・・・。

愛華みれさんの夫や子供、実家なども含めてのご紹介です。

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愛華みれの夫や子供は?

まずは、愛華みれさんの夫と子供についてです。

2009年にご結婚されています。

入籍は1月1日、つまり元旦でした。

そして、8月8日にグアムで挙式されます。

新しい年の始まりがおめでたい日でもありました。

結婚報告を自身のブログでも発表されています。

愛華みれさんの夫となった方が気になるのですが、お相手は都内でスポーツマッサージ院を開業する男性。

当時35歳で愛華さんより10年年下の方。

夫とは宝塚時代からの知り合いだったそうで、2008年にプロポーズされたのをきっかけに交際開始。

しかし、交際が始まり約1か月後、愛華みれさんに病気が見つかったことで、自分よりも健康な人の方が良いのでは?

そう思い、1度は交際を断ったそうなんです。

ところがご主人は、こんな時だからこそ自分がいないといけないと、入院中に彼のマンションに引越しまでさせられたそうで、これまで愛華みれさんをずっと支え続けてきたそうです。

子供さんなんですが、居ないようです。

愛華みれさんの病気が心配ですよね。

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病気は悪性リンパ腫だった!

病気についてです。

2008年2月にプロポーズを受けた1か月後のことでした。

外出先から帰りネックレスを外していたところ、右の鎖骨辺りにゴルフボール位の大きさのシコリが有るのに気がついたそうです。

軟らかくて痛みはなかったらしく、始めは深刻に考えていなかったそうです。

その時ちょうど、鹿児島から上京していた兄にいたので見せたところ、お兄さんの表情が変わったそうなんです。

そして、ちゃんと医者に見せたほうがいいと言われ、愛華みれさんは忙しい最中に大学病院に行きました。

その当時、4月からミュージカルの公演も控えていました。

なので、その時には病院に行ってインフルエンザでもうつされたら困る。

その程度の軽い気持ちで病院に行き、結局、診察を受けずに病院を出てきてしまいます。

その後、2週間経過しますが、シコリは全く消えず、とうとう知り合いの耳鼻科医を受診する事に。

耳鼻科ではCT検査を受けますが、医師からは「リンパ腫の疑いがあります」と診察時に告げられました。

後になってなって分かったそうですが、愛華みれさんの兄は同じ病気になった友人を知っていたそうなんです。

検査後、そのまま地方公演に出かけた愛華みれさん。

検査結果は電話で聞くことになります。

医師は悪性とは言わなかったことから、愛華みれさんご自身は、まさかガンだと思わずそれほど深刻に受け止めなかったそうです。

周りの人にリンパ腫と話すと皆顔が曇ってしまう・・・。

そういったことで、もしかしたら自分の病気はがんかも?

そう思い始めるのです。

その後、癌研有明病院を紹介され、3月5日から本格的な検査を受ける事に。

結果は「悪性リンパ腫」でした。

問診を受ける際、「告知」を希望していたので、結果はすぐに本人に知らされました。

その頃、奥歯にトラブルがあったので、そこから細菌が入って起こる感染症を防ぐために同病院内の歯科で奥歯も抜歯したのです。

高校卒業後に宝塚に入団した愛華みれさんは、これまでに病気一つせず健康だったそうです。

思い当たる事は、がんになる3・4年前から冷え性、貧血、アトピー、蕁麻疹などが酷くなっていたことでした。

特に、季節の変わり目やストレスがある時に蕁麻疹やアトピーが出ていたので、それ程ど気にしなかったらしいです。

また、疲れを感じても、舞台の仕事は無理をしていたようです。

少々の下痢や吐き気があっても自律神経がちょっとバランス崩したくらいにしか思っていなかったそうなんです。

こういったことが重なったことも病気と関係あるのかもしれませんね。

悪性リンパ腫って?

悪性リンパ腫は、リンパ節や胸腺などのリンパ組織に入ったリンパ球ががん化するもので、特徴的な症状は免疫不全と言われているようです。

細菌やウイルスに感染しやすくなり、発熱や体重減少などの症状でるらしいです。

悪性リンパ腫は、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の2つに大別され、日本人は大半が非ホジキンリンパ腫で、ホジキンリンパ腫は全体の10パーセント程度。

愛華みれさんの場合はホジキンリンパ腫だったそうです。

ホジキンリンパ腫は、腫瘍の発生が少数のリンパ節に限られており、転移していく部位の予想がつくらしいです。

その為、2セットの治療をおこない、経過がよければ通院での治療が可能となるそうです。

愛華みれさんは4月の舞台は降板し直ぐに治療を始める事に。

ホジキンリンパ腫の治療法は、4種類の抗がん剤を組み合わせたABVD療法が基本となっているそうで、治療は2週間ごとに1セットで計6セット。

1セット目の治療を受けたとき、全身の血管が激痛に襲われナースコールを押すことができなかった程だったそうです。

副作用がとにかく凄絶で、どのくらいの痛みで「痛い」と言ったらいいのかがわからないと後に語っています。

結局、拒否反応が激しく、抗がん剤を血管から入れる方法は無理と言う事で2セット目からはカテーテルを使う事になり3セット目からは通院に切り替えます。

抗がん剤のサイクルで、体がどんな状態になるかが、だんだん自分でも分かるそうで愛華みれさん曰く、1週目は人に会える状態ではないけれど、2週目は大丈夫なんだとか・・。

舞台に出ると決めてからは検査の数値がどんどん良くなって行ったそうです。

それで、振り付けを録画したものを送ってもらい家で見て覚え台詞も覚えて体調を見て稽古に参加するといった生活をくりかえします。

もし舞台がなかったら、放射線もあれほど頑張れなかったそうです。

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実家とプロフィール

まずはプロフィールを紹介します。

名前:愛華みれ(あいか・みれ)

本名:森田裕子(もりた・ひろこ)

生年月日:1964年11月29日生まれ。現在の年齢は53歳

出身地:鹿児島県南大隅町

出身高校:鹿児島県立南大隅高等学校

身長:168cm

愛称:タモ

所属事務所:ホリプロ・ブッキング・エージェンシー

1985年、宝塚歌劇団に入団し「愛あれば命は永遠に」で初舞台を踏み花組に配属。

1999年「夜明けの序曲」で花組トップスターに。

正統派男役として活躍され、代表作は「源氏物語 あさきゆめみし」「ルートヴィヒII世」

2001年11月の東京宝塚公演・ミケランジェロ・VIVA!で宝塚歌劇団を退団します。

その後は、女優として舞台「チャーリー・ガール」や「ゴースト~ニューヨークの幻~」に主演するなど活動。

舞台復帰、新宿コマ劇場の「シンデレラTHEミュージカル・

兄は南大隅町長の森田俊彦さん。

愛華みれさんは、鹿児島で未熟児として生まれました。

母親は愛華さんが病気を発症する3年前に他界されています。

実家は保育器が2つしかないと言う田舎町にあり、当時2つとも使われていたのですが、1人の赤ちゃんが亡くなった為、愛華みれさんが保育器に入る事が出来る事に。

小学校6年の時にお母さんから、その話を聞かされたそうです。

その子のおかげであなたの命が助かったのよ。

その子の分まで生きなさい。

と言う言葉を思い出し「自分は生かされている」と感じたそうです。

母親をを亡くしてから精神のバランスを崩してしまったり、寂しいとか誰からも愛されていない等のネガティブな思いに捉われていた時期もあったそうです。

CT検査をしたら何万人に1人の割合でこんな症状が出るよ、という文章を読むと必ずその症状が出てしまうそうで、あまりにもそう言う事が度重なるので先生方にお願いして、同意書や解説文を読まない事にしたそうです。

小さな事も気にして、そんな事さえもストレスになったようで、入院中はパジャマは着なかったそうです。

パジャマを着たら、病人になると思ったのでジャージーを着ていた愛華みれさん。

癌研有明病院に入院していたのですが、窓からは東京タワーやレインボーブリッジも見えて景色がすばらしい!

自分は今リゾートホテルにいるんだ!

と、思い込むようにして絵を描いたりして過ごしていたそうです。

愛華みれさんは、色々な人色々な力に助けられて生きていると言われています。

大病を乗り越えられた愛華みれさん凄いですよね。

今後のご活躍も楽しみにしています\(^o^)/

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