畠山鈴香の今現在と生い立ちについて!高校時代は?夫と弟も調査!

こんにちは!熊本は昨日梅雨入りしました。

今年は少し長雨だと言う事のようですが、梅雨の時期ならでわの楽しみの

ひとつが紫陽花ですね。

紫陽花と一言で言っても色や花の種類が豊富で、それぞれ綺麗です。

熊本って買ってきた紫陽花を地植えすると花の色が変わるそうなんです・・・。

例えば、ブルー系の紫陽花を購入して地植えすると、ピンク系に変わったり??

するそうなんです。

何でも阿蘇山と関係があるそうですが。

実際に植えたことはないのですが、お花屋さんも話してました(笑)

機会があれば試してみようと思ったりしています。

さて今回は、畠山鈴香さんについてです。

TVで放送されますね。

2008年、秋田県山本郡藤里町で起きた出来事ですが

お亡くなりになられた畠山鈴香さんの娘さんと、そのお友達だった男の子。

ご両親はこの時から時間が止まり・・・

今日まで、どう耐え忍んでこられてきたのか・・

と、思うと同じ親として胸が痛み言葉がありません。

まだ幼い子供2人の生命が奪われてたと言う、悲しすぎる出来事の為

今回ここではお亡くなりになられた子供さんや、

ご両親のお名前を出さずにしたいと思います。

畠山鈴香さんについては色々言われてきており、

同じ母親として記憶に新しいです。

畠山鈴香さんの今現在や生い立ち、結婚なども含めて

解説していきたいと思います。

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畠山鈴香の今現在は?

畠山鈴香さんの今現在についてですが無期懲役刑に服しています。

2008年3月に秋田地裁で決定したようです。

又、畠山鈴香さんが持つ性格も広く知られていて

当時マスコミにも多く取り上げられました。

畠山鈴香さんは、人格障害的な部分を持つともいわれていますが

反社会性、境界性、演技性人格の傾向があるようで

その場しのぎのウソを上手につき他人を傷つけ、精神的に不安定だとも

されています。

当時TVで報道されているのを目にした時には一見「ヤンママ」と言う

印象でした。

当時朝の情報番組で連日放送されてた事を良く覚えています。

いつもマスコミに怒ってたのも印象的でした。

始めは、畠山鈴香さんの愛娘(当時9歳)が誤って川に落ちたとされていたのですが、

母親の鈴香さんはその事が不服であったのか違う意味の事を主張し駅前で自ら

ビラを配るなどし不幸な母親を演じていました。

その頃は周りからの同情の声も多くあったようです。

間もなく娘さんと仲が良かったお友達(当時7歳)の男の子がいなくなったんですね。

男の子は同じ団地内に住む近所の子でした。

記憶にあるのは、畠山鈴香さんの娘さんとお友達が地面の砂でお絵かきをして

良く遊んでいたと言う事をTVで報道していた事です。

子供らしな~・・・・なんて思っていたので今でも覚えています。

本当に仲良しで毎日一緒に遊んで居たようです。

実際男の子は、能代市の市道脇で変わり果てた姿で発見され

自分の娘も事故ではない事が判明したのですが、畠山鈴香さんはもう一度

捜査して欲しいなどと言っていました。

畠山鈴香さんは母親として、愛娘に煩悩がない事を悩んでいた

時期もあったようで、駄々をこねると宥めるより、イラ立ちを強く抱き

新しい生活へ希望を感じても娘の事が邪魔だと思い娘が消えてくれれば・・・と。

結局は、娘さんを欄干から突き落したと言う事だったのですが。

急に抱き付いてきた娘を払いのけ、転落として過失を主張しとっさ的行動と

ショックで転落時の記憶を失っていたとしています。

男の子の事に対しても、娘を亡くした喪失感による衝動的に行なったと。

当時、畠山鈴香さんは心神耗弱状態だったとしていたようです。

自分の主張に計画性はなく、疑いの目をそらすためだったと

言う事だったようです。

畠山鈴香さんは、男の子の両親に向かって床に膝をついて土下座し

「大事なお子さんを奪ってしまって申し訳ありませんでした」と

泣きながら謝罪の言葉を述べたのですが

男の子の父親は表情を変えず、母親は目を閉じて涙をこらえていたそうです。

畠山鈴香さんは自身の主張を2転3転させてもいるのです。

「1年半前は嘘つき、卑怯でした。どう変わったか見てほしい」と

話した事もあったようですが、自身に都合の悪い質問には黙秘を繰り返し

日記には「罪悪感はほとんどない」とも記載していたようです。

生い立ちについて!

畠山鈴香さんの生い立ちについてですが、両親に愛され育った訳ではないようです。

家庭では、幼少時から父親の暴力にあっており畠山鈴香さんが中学に入ると

エスカレートし、父親から殴るける、髪の毛を引っ張り引きずり回されるなど

されたそうで、学校では使い走りされ極端で陰湿なイジメが小学校から

始まっていたようです。

いつも畠山鈴香さんは、極度の緊張で食事がのどを通らず

学校の給食も食べられない状態だった所、教師は汁物も含めて

給食を両手で受けて食べるよう強要しそれから「ばい菌」と呼ばれ

イジメがますますエスカレートして行ったそうです。

中学生の頃、畠山鈴香さんは友達がいないことを苦に万引きした

文房具を配って気を引こうとしていた事もあるそうで

殆ど無視された存在だったようです。

離性障害とも言われているようですが、幼少時からの虐待がを

原因になったとも主張しているそうです。

高校時代は?

高校時代どういった生活だったのでしょうか?

秋田県立二ツ井高校に進学した鈴香さんです。

中学時代とは違い、他校から多く進学し新しい友だちも出き環境も変わる

はずですがイジメはどうだったのでしょうか?

畠山鈴香さんの高校時代はイジメとは無縁と言える環境とは違ったようで

リーダー的存在の使い走りになってイジメに遭うのを避ける工夫をして

学校生活を送っていたようですね。

卒業アルバムの寄せ書きは、心無い言葉ばかりで読んで悲しくなる言葉が

並んでいます。

大きな事件を犯した畠山鈴香を同情する訳ではありません。

母親の立場で見た時、自分の娘がこんな言葉を書かれたならショックですね。

しかし、畠山鈴香さん自身が持つ性格が問題の1つとも感じます。

臨床心理士の長谷川博一医師は畠山鈴香さんのカウンセリングを行った

そうです。

多くの本も著者されていますが畠山鈴香さんについてもです。

畠山鈴香さんは長谷川博一医師に、自身の心の闇をに手紙で訴えもいるのです。

解離性障害は、自分が自分であるという感覚が失われている状態。

ある出来事の記憶がすっぽり抜け落ちていたり、

知覚の一部を感じなくなったり、感情が麻痺する。

などといったことが起こるらしく、まるでカプセルの中にいるような

感覚がして現実感がない。

いつの間にか自分の知らない場所にいるなどの様々な症状があるようですが

解離状態においては通常は体験されない知覚や行動が

新たに出現する事もあるそうです。

実際の所それが本当としても大きな罪を犯した事には

変わりありませんし畠山鈴香さんは責任能力はあるので治療をし

罪の償いをして頂きたいですね。

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夫と弟も調査!

畠山鈴香さんの実家にから解説します。

実家はダンプの運送会社を経営していたそうですが、経営に行き詰って破産し

生活保護を受ける状態にまでなったそうです。

元々父親は、子供に暴力を振るう人だったので生活は悲惨な物だったと

想像できますが。

当時、まだ畠山鈴香さんの事件が公になる前には父親の体調が優れず

入院しており鈴香さんは、父親の看病で疲れてしまい、娘の食事も作れない

と民生委員さんに相談していた時期があったようです。

お父さんですが、2007年お亡くなりになられているそうです。

畠山鈴香さんの夫についてです。

当時、畠山鈴香さんの元夫はあまり話題になっていなかったと思います。

なぜなら、畠山鈴香さんは娘さんを1人で育てていたからです。

報道されていたのは、シングルマザーと言う事だったと記憶します。

鈴香さんが21歳の頃実家が経営していた運送会社で、元夫が働いて

いたようです。

元夫の名前は分かりませんが、鈴香さんより1歳年下と言ことです。

高校卒業後は、父親の暴力から逃れたい思いもあり、友人を通じて

知り合った男性と駆け落ちのように栃木県へ行き温泉旅館で住み込みで働き

この男性と結婚したともされています。

2人は結婚して24歳の時、娘に恵まれます。

結婚したのはいいのですが、元夫とは口論が絶えず離婚します。

離婚の原因についてですが、元夫の言い分では畠山鈴香さんは

家事を一切しなかったそうで、夕食などは車で約30分かかるコンビニまで

買いに行ってた事や、毎日パチンコばかりしていて借金ばかり作っていた事

鈴香さんに愛想をつかし家を出て行ってしまった。

とも言われています。

そんな元夫の発言に対し鈴香さんは、洗濯は自分がやっていた。

や、夕食は肉じゃがなどを作り置きしてコンビニへ行ったことはないなど

家事はしていたと反論しています。

畠山鈴香さんが大きな離婚の理由になったと言える出来事は、元夫が鋲付きの

ジャンパーを娘にに投げつけた事がきっかけの様で、この時離婚を決意したと

言います。

離婚後スーパーやパチンコ店、生命保険の営業外交員、スナックでホステス

宴会のコンパニオンなど職を転々とし、保険外交員の時は女を武器に契約を

取っていたとしています。

また、畠山鈴香さんが住んでいた団地でも複数の男性に同じく営業して

いたそうです。

そんな生活をしていてもパチンコは辞められず鈴香さんは、夜遊びもする

ようになり、とうとう自己破産したのです。

能代市内のデリヘルで働いていた事もあり、客を自宅に呼んでいた。

と言う様な、信じられない事もあったそうです。

その時娘さんは、真冬の寒い夜に家に入れてもらえず外に出されています。

団地の家賃や公共料金も滞納し、家庭生活はメチャクチな状態で娘さんは

まともな食事も与えて貰えず、カップラーメンだけだったようで学校の給食

が楽しみだったといいます。

鈴香さんの育児放棄や虐待は近所でも知らない人がいなかったそうで

娘さんを汚れたままの衣服で学校に通わせていた事などもあり、

それに対して鈴香さんは児放棄も否定し仲良し親子と話していたそうです。

母親なら自分は食せずとも子供にだけは・・・と思うのが普通なんですが。

精神状態が良くなかったのか?やはり病的な物を持っているのか?

どう考えてもわからないですね。

娘さんの事を思うと可愛そうでならないです。

畠山鈴香さんの弟についてです。

畠山鈴香さんには5歳下の弟さんがいるそうですが勿論、名前などは

出ていません。

鈴香さんとは逆の性格ので、元は運転代行の職についていたようで

姉の事がきっかけとなり退職したようです。

その後、職探しをしたりもしたのですが見つからなかったようです。

そうですよね・・・。

地元・・県内では尚更難しかったのではないでしょうか?

幼い子供の生命を奪ったと言う出来事は以前にもあり、ここでは実名は伏せますが、

その家族は嫌がらせの手紙などが大量に届いたそうです。

両親の他に姉妹二人兄弟二人がいて父親は自宅を売って、その代金を遺族に

支払う段取りを付け自ら生命をたってしまったそうです。

長女は職を辞め、次女は結婚予定だったのですが自ら婚約を破棄したそうです。

兄弟は会社を辞任し、父親の弟は、5つの会社の役員を全て辞職をされます。

又、父親のすぐ下の弟さんには2人娘さんがいたのですが、

仕事をを辞めてしまい、旧姓に戻るため妻と離婚をしたそうです。

母親の兄にも2人の息子さんがおり2人も辞職したそうです。

こう言った罪を犯した人の家族も悲惨な目に合う事は確かです。

その後、畠山鈴香さんの弟さんは母親と生活保護を受けていたと聞き

ますが、現在はどうなのかは分かりません。

畠山鈴香さんの家族や親戚なども大変な目に合われた事と想像は出来ます。

しかし、娘さんが亡くなった日にレンタルビデオ屋にいるのを目撃されている。

と言う話もあり、その時には弟さんと一緒だったそうです。

娘さんが亡くなってからも美容院に行ったり、ラーメンを食べに行ったり

と言う事もしていた様です。

やはり普通では、どう考えてもなに1つ分かりかねる事ばかりですね。

畠山鈴香さんの余りにも身勝手な動機や行動などからまだ幼い子供2人の

生命が奪われています。

我が娘とその友達の男の子。

今回、男の子の父親がTVでその時の真相などを語るそうですが、

辛い時間になるものだと想像します。

あれから十数年が過ぎました。

お亡くなりになられた男の子のご両親が1日も早く心穏やかに

過ごせる日々が取り戻せる様心から願うばかりです。

2人の幼い子供さんのご冥福もお祈りします。

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