坂本博之(ボクシング) の今現在!結婚は?嫁と子供もリサーチ!

ひとりごと
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こんにちは!昨日は母の日でカーネーションを送られた方も

多くいたのではないでしょうか?

カーネーションの花言葉は花の色によって違いがあるそうです。

少し紹介しますね。

赤のカーネーションは母の日の定番・・

花ことばは・母の愛・母への愛・熱烈な愛。

ピンクのカーネーション・・上品・感謝・感動・美しい仕草。

黄色いカーネーション・・・嫉妬・軽蔑・美・愛情の揺らぎだそうで

この数年新種として目につくオレンジや紫ブルーもありますが

青い(ブルー)のカーネーションでは・・永遠の幸福なんだそうで

オレンジは・純粋な愛・清らかな慕情

紫のカーネーションは・誇り・気品なんだそうです。

個人的には赤いカーネーションがすきですね(笑)

今回ご紹介の方は、坂本博之さん(ボクシング)です。

「平成のKOキング」和製デュラン」とも呼ばれた方です。

幼少時に両親が離婚し、親類に預けられ児童養護施設に入園などの

経験をお持ちです。

ボクシングを引退され今現在は何をされているのか?

結婚や幼少期の生活含めてもご紹介です。

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坂本博之(ボクシング) の今現在!

坂本さんがボクサーになりたいと思ったのは小学校2年の頃

だったそうです。

ある日、夕食の時間に食堂のテレビで見たボクシングの試合に釘付け

になった事がきっかけの様で、坂本さんの今現在は全国の児童養護施設

を周っているそうなんです。

施設を尋ねる時にはボクシングのミットとグローブとお菓子を持って行く

そうで、子供達と触れ合う「SRSボクシングセッション」という活動を

行っているそうです。

現在は、に600カ所程あるそうですが約3万人の子供、小学生から高校生の

子供がそこで生活をしているようです。

そこの子供の7割近くの子供が、親などから虐待を受けると言う経験を持つ

ようで「SRSボクシングセッション」と言うのは2つの目的があるそうで

先ず1つ目は、坂本さんは、その子供達にグローブをつけて、

これまで生きてきた人生の中で・一番うれしかったこ事・一番悲しかった事、

・一番頭にきた事を思い出して、その想いを拳に乗せてこのミットめがけて

思いっきり打ち込ませるそうです。

心の奥底に溜め続けた怒りや、恨み悲しみの感情をパンチを

思いっきり打つ事で吐き出させ、少しでも心を楽にさせると言う事が

一つ目の目的だそうです。

もう1つは大人の違い。

自分達を傷つけたのも大人・・しかしそんな大人ばかりではなく

傷ついた心を受け止めるのも大人であり、社会には悪い大人ばかりではない

と言う事。

オリジナルの参考書を作り自立を目指す事。

勉強するにしてもお金がなくて参考書が買えない・・・といって諦める必要は

なく図書館に行けばいくらでもある。

と言う思考をもつ力をつける・・・など。

それだけでなく坂本さんは、身元引受人もされていて2010年8月8日に

東京・西日暮里にSRSボクシングジムも開き、今現在SRSボクシングジムでは

児童養護施設出身のプロボクサーが2名いるそうですが、ボクサーになりたい

と言う子供以外も、ジムに来た子供は、仕事や人を紹介したり、相談相手になったりと

自立できる為にできる限りの事をしているそうです。

プロボクサーの試験を受ける為には、未成年の場合、親の承諾書が必要で

坂本さんが保護者代わりになたりする事もあったそうなんです。

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結婚は?嫁と子供もリサーチ!

坂本さんが結婚をされたのは2002年ごろか、少し前だと思います。

結婚された時の情報はなかったです。

お嫁さんになられた方の情報は何もないですね・・・。

一般の女性の様です。

2002年に最初の子供に恵まれたようですが6ヶ月で死産されます。

名前は、京志郎くんと付けたそうです。

その、2年後2004年2度目の妊娠をされるのですが、辛い出来事は続き

8ヶ月の時に子宮破裂し、子供は仮死状態で生まれるのですが不整脈で

息を引き取ってしまいます。

女の子で名前は夢結(ゆい)ちゃん。

坂本さんは自分の力の無さに無念さを感じ、トランクスに2人の子供の名前を

縫い付けて最終戦を戦います。

その後、2008年には女の子に恵まれ、名前は明沙音(あさの)ちゃんと

名付けたそうです。

幼少期の生活は?

坂本博之さんが生まれて直ぐに両親が離婚。

1年半ほど、福岡の乳児院で育てられ、3歳に上がる年に誠慈学園

児童養護施設で1年間暮らした後、弟さんと一緒に母親に引き取られたそうで

1年間暮らします。

その後小学校2年生に進学する時には、親戚の家に預けられたそうです。

何かにつけ親戚のおじさんから殴られたそうで「トイレは使うな!!」

と、ドアノブは針金で縛っていたそうです。

ある日の事、弟さんが粗相をしてしまった時「兄の責任」と殴られ

食事もほとんど食べさせてもらえなく、学校の給食を残して持ち帰って

夕食にしたり、近くの川でザリガニを捕って食べたりと言う事もあった

そうなんです。

あまりにも空腹状態が続くと食べたものを胃が受け付けなくなってしまい

よく学校で吐いたりもしていたそうなんです。

ある日、弟さんが栄養失調で倒れた事で虐待が知れ、2人は福岡の児童養護施設

和白青松園という児童養護施設に入園保護されます。

その時坂本さんは「暖かい毛布と温かい飯。これで死ななくてすむ」

と思ったといいます。

ようやく安心・安全な生活ができる様になったそうなんです。

食堂のTVで見たボクシングの試合に釘付けになったと言います。

ライトに照らされて戦うボクサーがとても華やかに見えたそうで

「僕がやりたいのはこれだ!」「ボクサーになってやる」と強く思った

そうです。

今でもその頃の出来事は忘れたくても忘れられないそうなんです。

坂本さんが小学校3年生の時に母親が2人を迎えに来たそうでその後

上京し高校を卒業されプロボクサーの道に進んだそうです。

今では、SRSボクシングセッションを行った児童養護施設の子供達から

続々と感謝の言葉や、手作りのメッセージボードなど送られてきているそうで

一所懸命頑張っていれば応援してくれる人は必ず現れる。

と坂本さんは話しています。

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