加藤健一(山形バリアフリー観光)の結婚と病気について!妻と子供も気になります!

2017年12月4日

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*本記事で使用している画像はイメージです。実際のものとは異なります。御了承ください。

こんにちは。車椅子で空を飛ぶ??・(TOT)

なんて始めて聞いたんですけど・・。

自転車で飛ぶのは映画・・E・Tでみた事が

あるのですが・・実際には?そんな事できるの?

・・イヤイヤそれができるんです!!

なんて素晴らしい\(^o^)/

現在、難病の筋ジストロフィーを患い

車椅子で生活をされている山形県南陽市

在住の加藤健一さんが車椅子に乗ったまま

パラグライダーで飛んだんです!!

「障害があっても楽しいめる」

バリアフリー観光をもっと広めて行きたいと

車椅子で飛ばれたのです夢のような本当のはなし。

なんて素晴らしいのでしようね。

今回ご紹介の方は夢を現実にされた

加藤健一さん(バリアフリー観光)

ご紹介です。

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結婚と病気について!

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今から15年前、最後には寝たきりになる。

と医師から言われる難病の1つの筋ジス

トロフィーと診断された加藤健一さん。

加藤健一さんと妻の智美さんの

交際が始まったのは加藤さんの

病気が発覚して3年が過ぎてからでした。

加藤さんは21歳のときに「筋ジストロフィー」

と診断されます。

交際を申し込む時、加藤さんは智美さんに

こう言われたそうです。

「将来は車椅子生活になるかもしれない」

智美さんはその言葉を受け入れ結婚されたのです。

今年で結婚10年目になるそうです。

加藤さんが患われている筋ジストロフィー

とはどんな病気でしょうか?少し説明します。

まず、筋ジストロフィーは難病です。

筋ジストロフィーは19世紀に発見され

筋肉の萎縮に伴う身体機能の低下が見ら

れる病気です。

この病気にはいくつかの種類があり

進行速度や、症状の現れ方などで異なります。

原因として多くの筋ジストロフィーの原因と

なるのは「ジストロフィン」と言う

筋肉を正常に機能させるために欠かせない

たんぱく質を生成する遺伝子の異常。

ジストロフィンを生成する遺伝子は

性染色体であるX染色体に含まれており

筋ジストロフィーの患者にはX染色体の

異常が多く見られるそうなんです。

X染色体は、男性が一つに対して女性は二つ保有

しているため女性には筋ジストロフィーが発病

しにくい理由にもなっています。

幾つかの種類があり・デュシェンヌ型・ベッカー型

・肢帯型・顔面肩甲上腕型・福山型などがあります。

日本では福山型筋ジストロフィーが子供さんなどに

多く見られます。

筋ジストロフィーの治療は残念ながら現在の所

ないそうです。

しかし近年、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに

効果を挙げている治療法があるそうでそれは、

ステロイド剤による副腎皮質ホルモン投与なん

だそうです。

今の時点ではその原理などは解明出来ていない

そうですが・・。

副腎皮質ホルモンの投与によって

症状の緩和と筋力増強が期待できる様です。

また、筋ジストロフィーは遺伝疾患による

病気なので遺伝子治療による根治治療法の

研究が進められています。

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妻と子供の気になります?

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加藤さんの妻と子供が気になるのですが

上で少し説明しましたが加藤さんの

妻は智美さんと言われます。

年齢や職業などについては分かりません。

子供については情報がありません。

子供さんはいらっしゃらないのかも

しれませんね。

いらっしゃたとしても結婚10年と言う事

なのでまだ小学生か?それより小さい

のではないかと思います。

推測でしかないのですが・・。すみません。

加藤さんは子供の頃から車が大好きで

自動車会社の社長になると言う夢が

あったそうです。

長井工業高校を卒業後自動車整備、

板金塗装業へ就職されます。

そんな中、加藤さんが21歳の時です

身体に異変が現れたのです。

病名は筋ジストロフィーでした。

長期の治療を余儀なくされ医師からは

仕事に復帰するのは困難。

と宣言されます。

入院から半年後には病気の進行と薬の副作用

により歩く事さえ出来なくなったそうです。

しかしそのような状態にも関わらず加藤さんは

夢を諦めていませんでした。

退院後1年にも及ぶリハビリをされます。

懸命に取り組まれ少し歩行できるまで回復

するのです。

加藤さん23歳の時です。医師に不可能と

宣言されていた仕事に1年間復帰します。

しかし病気が進行し続ける事が困難となり

退職。

25歳で三陽製作所に就職され厨房設備の

設計業務にあたります。

加藤さんは会社で唯一最新鋭の3D CADの

技術を独学で取得されるのです。

病気の進行によりこの頃には外出時のみ

車椅子を利用するようになっていました。

29歳時です。

30歳で自宅勤務。32歳で自力歩行が困難になり

フル車椅子生活になるのでした。

加藤さんは、山形バリアフリー観光ツアー

センターを設立されます。

障害があっても、もっと気軽に外出できる

世界にしたい。

段差をなくす大規模な改修工事だけが

バリアフリーではない。

取り外し可能な簡易式のスロープや砂利道でも

車いすで進める補助器具など少しの手助けでバリアは

解消できると訴えていいます。

加藤さんは観光地のバリアフリーの情報を自ら調べ

ホームページでも発信してされています。

車椅子で空を飛ぶなんて誰も考えつかない

事をされた加藤さん只々尊敬です。

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