大井際断(方広寺)の出身大学と経歴は?wiki風プロフィールも紹介!

仏教ひとりごと
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僧侶

こんにちは。

お盆休みに入った方も多いのではないでしょうか?

わたしはすでに昨日から休みです。

ニュースでは帰省ラッシュの渋滞予想なんかがされてますが、高速道路を使う方は事故などに気をつけてくださいね。

今現在、わたしは熊本県に住んでいます。

あさってで熊本地震の前震発生からちょうど4ケ月になります。

最近は、ほとんど大きな地震はないんですが、たまにびっくりするレベルのものが発生することもあります。

熊本地震で阿蘇で行方不明になっていた大学生の方が発見されたようです。

お盆

今まで捜索が全然進まなかったのに、お盆近くになって発見されるなんてことは何か不思議なものを感じます。

こんなことと多少関係がありますが、今回紹介する方は方広寺の僧侶の方です。

名前は大井際断(おおいさいだん)さんといいます。

なんと年齢は101歳!

長寿ということで、健康法なども気になりますが、今回は出身大学などの学歴や経歴、そしてwiki風のプロフィールを紹介します。

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大井際断の出身大学

学歴

大井際断さんの出身大学は、京都大学文学部哲学科です。

卒業は昭和15年、つまり1940年ですから、戦前の帝国大学の時ですね。

すごいエリートだったんです。

昭和15年の大学生の数は5万人ほどだそうです。

進学率は1%に満たないほどだったといいます。

戦前においては、小学校を卒業後に大学まで進学した者の割合は、男子が100人につき2人ほど、女子はゼロなんです。

ちなみに、現在は男子も女子も50人くらいが大学まで進学しています。

戦前の大学がいかに狭き門で、エリートだったのかわかりますね。

また、学費などのことを考えると、大井際断さんの実家は裕福な家庭だったことが考えられます。

以上が、大井際断さんの学歴です。

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経歴は?

仏教

1921年(大正10年)に西宮茂松寺の大井洞雲和尚について得度されました。

得度(とくど)というのは、仏教での僧侶となるための出家の儀式のことです。

大井際断さんが得度された理由はわかりません。

実家と関係があるのか、それとも京大の哲学科出身というところに理由があるのか、それ以外の何かがあるのかは不明です。

1948年(昭和23年)に茂松寺住職拝命。

拝命とは任命されることと考えてよいです。

普段使わないような難しい言葉ばかり出てきますね。

その後、法務と同時に京都市にある花園大学教授も務め、禅哲学の講義をされたりもしていた経歴もあります。

さすが京大卒のエリートですね。

かなり優秀な方というのがわかります。

1960年(昭和35年)、大分市萬壽寺住職同僧堂師家に就任されました。

そして、1975年(昭和50年)には、妙心寺塔頭東海庵住職になられました。

この当時、ドイツ各地で坐禅指導もされました。

1990年(平成2年)に方廣寺派管長、同僧堂師家になられます。

その後は、日本国内だけでなくドイツなどのヨーロッパの国々からやってこられる雲水、居士大姉の接化に力を注がれています。

接化とは、親身に教化し指導することです。

以上が、大井際断さんの経歴の概要です。

概要だけでも、非常に難しいですね。(笑)

プロフィールのwiki風まとめ

wiki

プロフィールをわかりやすくwiki風にまとめて終わりにしたいと思います。

名前:大井際断(おおいさいだん)

生年月日:1915年(大正4年)2月26日 現在の年齢は101歳

出身地:兵庫県西宮市

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