藤井厚二が建築した聴竹居と結婚をリサーチ!妻と子供は?孫も紹介!

こんにちは。

突然ですが、毎日とんでもない暑さの熊本はもう耐えられない!(笑)

だって、エアコンかけても日中は部屋が冷えないんです。

冷房をいれてるのになぜか30℃を超えたりしてしまいます。(笑)

涼しいおうちに住みたいです。 😥

重要文化財に「聴竹居(ちょうちくきょ)」というものがあります。

日本の近代住宅建築の最高傑作っていわれているものです。

昭和3年に京都の天王山山麓に伝説の建築家と言われる藤井厚二(ふじいこうじ)さんが設計して造りました。

とんでもなく快適でさらには美しいという木造建築物です。

暑さ寒さ知らずっていうんですからうらやましい~。

実は熊本は九州にあって「火の国」なんていいますけど、冬もものすごく寒いんです。

だから、わたしもそんな家に住みたい!

そんなわけで今回は、藤井厚二さんが建築した聴竹居と結婚をリサーチしてみました。

妻と子供さんはどんな方なんでしょうか?

さらにお孫さんも紹介します。

実は有名な方なんです。

お楽しみに!

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藤井厚二が建築した聴竹居について

昭和の木造モダニズム建築である『聴竹居』をご存知でしょうか?

今までちょっと、一般の人にはあまり知られておらず、知る人ぞ知る存在でしたが、大きく世間に知られようとしています。

それもそのはず、なんとこの『聴竹居』が2017年6月についに重要文化財指定されたのです。

建築に詳しい人のみならず、一般の人にも大きくクローズアップされようとしています。

聴竹居は、かの有名な建築家・藤井厚二さんがデザインしたものです。

京都府乙訓郡大山崎町に所在し、地図で言うと、京都市と大阪市の間位にあり、やや京都市寄りです。

日本の近代建築20選にも選ばれている建物で、本屋と閑室があり、閑室は非公開とされています。

現在、株式会社竹中工務店が所有(竹中工務店は藤井厚二が勤務していました。)しています。

実際に藤井厚二さんが住んでいた実験的建物で、五軒目にして最後の実験的住宅となっています。

1926年に完成しています。

環境工学を元に建設されたまさしくエコにも配慮した家で、現代のエコブームのずっと昔からデザインされ、藤井厚二さんのまさに理想とする家なのでしょう。

例えば、南側に面しいて、冬は太陽の光を取り入れて暖かくなっていますし、夏は風を取り込んで、涼しくなるように工夫がされています。

それは日本の高温多湿の夏の環境にも配慮した家づくりです。

日本の気候風土に適した住宅で今のエコブームより一昔前にこのような建物を作ったのは先見の明を持つ藤井厚二だからこそ出来る技です。

また和洋も融合させており、まさに藤井厚二の最後にして最高傑作の家と言っていいでしょう。

昭和初期にタイムスリップして藤井厚二がデザインしたエコ住宅の素晴らしさを堪能しませんか。

竹の音を聴く居として名づけられたのが聴竹居です。

なんとも、上品かつ洒落な名前を付けるものです。ちょっとした古風なお洒落な喫茶店を想像してしまいます。

でも、こんな素晴らしい建物が今までそんなに注目を浴びなかったのでしょうか?

その一番の理由はあまり公開していない所にあります。

例えば、メールで事前に予約しれないと見ることが出来ない事。

そして、水曜日・金曜日・日曜日 10時~15時と見学時間も限られています。

しかし、大人 1,000円 学生 500円で入場でき、ボランティアのかたによる1時間の解説付きなので結構コストパフォーマンスは良いです。

マナーとしてフラッシュは駄目で、一通り説明を聞き終えれば写真は撮影もOKとの事です。

大人数で行くというよりは、一人や少人数向きですね。

今まではメディアの露出も少なく、観光スポットではありませんでしたが、今後は重要文化財にも指定されたので間違いなく、見学者も増える事でしょう。

美の巨人たちでも放映されるので注目度が上がりますので、なるべく早く見学する事をおすすめします。

実は、「一般社団法人 聴竹居倶楽部」 というフェイスブックも立ち上げていますので、藤井厚二さんと聴竹居の情報知りたいという人や交流したいというかた是非アクセスしてみましょう。

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結婚と妻と子供

さて、そんな藤井厚二さんの家族が気になるところです。

藤井厚二さんは、30歳の時に千家壽子さんと結婚しました。

当時としては、若干遅めの結婚だったのではないでしょうか?

千家壽子は出雲出身です。

藤井厚二長女福子さん、次女章子さん、長男 祐三さんをはじめ3人の子供に恵まれています。

特に長女福子さんは藤井厚二の没後、昭和18年に馬場知己と結婚し、その 長男である馬場康夫さんは、映画監督として現在活躍しています。

つまり藤井厚二さんのお孫さんにあたるのです。

孫を紹介!

馬場康夫さんは藤井厚二さんのお孫さんである事については先ほど触れました。

馬場康夫さんの作品は映画好きにはたまらない一度は聞いたことがあるようような名作ばかりです。

「私をスキーに連れてって」や「彼女が水着にきがえたら」「波の数だけ抱きしめて」そして「メッセンジャー」などがあります。

「メッセンジャー」は当時バイク便などが出始めて、結構思い出に残っています。

若かりし頃の、草なぎ剛さんや飯島直子さんも出ていますので、DVDやyoutubeで見てみましょう。

話は戻しますが、藤井厚二さんは建築家、馬場康夫さんは映画監督どちらも創造する仕事です。

馬場康夫さんの才能は、藤井厚二さんのDNAを受けついている証拠ですね。

プロフィール

さて聴竹居については説明したとおりですが、もう少し、藤井厚二さんについて更に詳しくみてみましょう。

藤井厚二さんは、日本の建築家・建築学者です。

1888(明治21)年に広島県福山市で生まれました。

家は、酒造家・金融業で経済的に恵まれて育ったようです。

10 歳 で 父 と死 別するという経験をもち、藤井厚二さんの成長を見ることができなかったと思うとやりきれないですね。

先程エコをテーマにした家づくりをお話しましたが、建築環境工学の 先駆者となりました。

建築環境工学とは建築物における環境や衛生を研究対象とする学問のことです。

実は建築一筋というよりは、スポーツも万能で、陶器や茶の湯も好きだったようです。

やはり家柄が良いという事は、幅広い教養を受けていたという事ではないでしょうか。

49 歳で亡くなるす る まで 、教 授 を勤めていて、最後の10年間は、あの聴竹居に住んでいました。

彼の愛した家族と彼の情熱を注いだ理想の家で最後を過ごせたことは、例え短い人生でしたが、充実した人生ではないでしょうか。

そんな藤井厚二さんの集大成ともいえる聴竹居に見学して彼の生き様をこの夏、味わってみるのも面白いかも知れませんね。

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